ディーバの危機は私が守ります!

相内充希

ディーバの危機は私が守ります!

 街では今、仮面の歌姫の話題で持ちきりだった。


 街の西部にある芝居小屋ヒュームズでは、季節ごとに様々な演目を見ることができることで評判だ。

 芝居に手品、舞や曲芸。

 それらを手頃な値段で見られることもあり、代表的な庶民の娯楽場でもある。

 そんな芝居小屋ヒュームズに流浪の歌姫こと、ディーバが現れたのは半年ほど前のことだった。


 タイトなドレスの似合うスラリとした容姿に、腰まで届く流れるような銀の髪。形の良い唇以外は仮面に隠され、素顔はわからない。しかし彼女の煙るようなハスキーボイスは芝居小屋の外まで響く美しさで、たまたま近くにいた歩行者でさえうっとりと聞き入るともっぱらの噂。


 カフェ・ディンメルの女給であるポリーもその一人であった。




「いや、そこはさぁ、うら若き乙女としてどうなのさ。どうせなら看板役者の俺のファンだっていうところじゃね?」


 ポリーの友人で、ヒュームズの主の次男であるロメオが、いかに歌姫が尊い存在かを滔々とうとうと語るポリーに呆れた口調で抗議した。


「看板役者って誰がよ? あなた、照明係じゃない」


 先日見たときは鏡とランタンを使った、斬新で素晴らしい照明技術だったとべた褒めしたのだが、どうもロメオはお気に召さなかったらしい。途中で手のひらをひらひらと振ってポリーの話を遮った。


「うるさいな。芝居小屋の一員として、照明係や大道具係もしてるだけだろ。俺の芝居この前見ただろ? かっこよかっただろ?」


 かっこよかったなんて自分で言うかな、とも思うが、実際かっこよかったのは確かだ。先日ロメオからもらったチケットで見た芝居は恋愛もので、ロメオ演じるヒーローは、目の前の彼自身の百倍はいい男だった。


 正直にそれを告げると、ロメオは

「ほんと、ポリーはわかってないよなぁ」

 とぶつくさ文句を言う。口調はぼやきだが、道の向こうで彼を見て黄色い声をあげていた少女たちに愛想よく手を振るのも忘れてはいない。


(わーお、あの子たち失神しそうだわ。恐るべしタラシパワー)


「タラシじゃねーぞ。ファンサと言え」

「ねえロメオ、勝手に人の心読むのはやめてくれる?」

「六歳から数えて十二年の付き合いだぞ。読むまでもないわ」


 呆れたように顔をしかめても、ロメオはかっこいい。

 うん、それは認めよう。


 少し長めの金髪もグレーがかった青い目も美しく、すっと通った鼻筋も品があり、何より少し薄い唇が不敵に笑みをたたえれば、失神する女性続出と言われる美青年だ。

 六歳の時は内気で可愛い美少年だったのになぁとも思うが、また心の中を読まれてはかなわないので、今日会った目的の方に話題を戻すことにする。


「で、話を戻すけど」

「ああ。ディーバの正体を暴こうとしてるやつがいるってやつか」


 謎に包まれた歌姫だ。

 当然皆、その正体に関心を持っている。

 流浪の歌姫だというが、ここに来る前の噂はさっぱりきかないし、もちろん本名も年齢も不明。

 どこぞの貴族から逃げてきた愛妾だったとか、いやいや実はどこぞの隠し子だとか、面白おかしく噂されているだけ。


「だいたいさ、正体なんてどうでもいいじゃない。ディーバの歌を聞かせてもらえるだけで、生まれてきてよかったと思うべきよ」


「いや、大袈裟じゃね?」


「大袈裟なものですか。芝居小屋の入場料が良心的とはいえ、私にとっては月に二度行くのがやっとなのよ」

「小屋の外では聞いてるくせに」

「当たり前じゃない。彼女の澄んだ声は外まで聞こえるからね。馬車の馬までうっとりと耳を傾けてるわよ」

「いや、それこそ」

「大袈裟じゃないわ。彼女の歌声こそ至高! あの声を守ろうと思うのは、ファンとして当然の心理。ディーバの歌声を聞けば、ちょっと熱を出したって軽く吹き飛んだし、落ち込んだって元気になる。いわば万能薬に近い力を持ってるのよ」

「お、おう」


 まだ小指の先ほどしか愛を語ってないのに、なぜドン引くのかしら?

 とはいうものの、肝心なのはディーバをいかに守るかであって、私の愛を語るのは後でもできる。


「というわけで、ロメオにはディーバを守ってもらいたいの。あんたのところの芝居小屋に寝泊まりしてるんだから、できるでしょ?」


 スタッフもディーバの正体については硬く口を閉ざしているけれど、特ダネを狙ってる質の悪いゴシップ屋には油断ができないはず。

 現にディーバが狙われているのを知ったのは、ポリーの働く店の客のコソコソ話を、たまたま耳にしてしまったからだ。

 もともと客としても柄が悪い男達だ。

 無理やりディーバの仮面をはずすだけではなく、今まで狙われた人同様、怪我をさせることも考えられる。


 普段芝居小屋でのみ公演を行うディーバだが、祭りの日に中央広場で特別ショーを行う。そこを狙うらしいのだ。


「ショーの間は俺も仕事だってわかってる?」

「もちろんよ。だからショー以外の時間を頼んでるだけ」

「ディーバは自分で身を守れると思うけどねえ」

「私もそう思うけど、万が一もあるでしょ」


 頼りにしてるからと拝めば、ロメオはいつものように「仕方がないな」と請け合ってくれる。


「わーい。ロメオ大好き!」

「はいはい。調子いいね、おまえ」

「ほんとなのにー」


   ◆


 公演当日までは平和だった。

 ロメオは約束を守ってくれて、はたから見ても厳重にディーバは守られているとアピールに余念がなかったのだ。


 公演当日は、ポリーとファン仲間でゴシップ屋を徹底的にマークして、ディーバに近づけないよう頑張った。

 それに気づいたゴシップ屋にファンの女性一人が殴られそうになったものの、陰で見守ってくれていた屈強な男たちが助けてくれた。

 あきらかに力の差がわかるだけに先に手出しはできないけれど、男たちはファン仲間として、または男として、か弱い女性を守ろうとしただけだ。

 もとから多少の恨みを持っていたとしても、今回の事には関係ないと主張できる。


 まわりにもたくさんの目撃者がいるし、新聞記者もいたため、明日には記事になるだろう。ゴシップ屋がこの町で活動することは難しくなった。




「ということで、ディーバの危機は守られたのでした」


 芝居小屋に隣接するロメオの家の庭で、機嫌よくお茶をごちそうになるポリーに、ロメオは呆れたような顔をした。


「殴られそうになったじゃないか」


 そう。仮面を狙われたディーバの前に飛び出し、殴られそうになったのはポリー。

 最初に彼女の前に立ちはだかり守ろうとしてくれたのはロメオ。


「大丈夫だって知ってたもの」


 ロメオが近くにいたんだしと、しれっと答えると、ロメオの兄であるジョシュがくつくつと笑った。

 短い栗色の髪を立たせたジョシュは、柔らかな緑色の目の優しい顔立ちをした美青年だ。兄弟二人並ぶとタイプの違うイケメンと言うことで、目の保養になるとおばさま世代にまで人気の兄弟である。


「ポリーはそんなにディーバが好きなの?」


 からかうようなジョシュの声にポリーの頬がポッと赤くなる。

 それにイラっとしたようなロメオを見てジョシュはくすくす笑い、降参と言うように両手をあげた。


「はいはい、お兄ちゃんは退場するよ。邪魔して悪かったね」

「いいえ、ジョシュ。会えて嬉しかったわ」

「うん、俺もだ。今度店まで行くね」

「行かなくていいぞ」

「なんでそれをロメオが言うかな? わかったわかった。睨むなって。悪かったよ」


 笑いながら退散する兄をひと睨みしたロメオに、ポリーはクスッと笑った。


「ジョシュとディーバは関係ないわよ?」


 その言葉にハッと顔をあげるロメオに、ポリーは小さく頷く。


「もちろんディーバの正体なんて知ってるってこと」

「なっ!?」

「何年付き合ってると思ってるの? 近くで見てきたのよ。ジョシュがディーバだって、はじめから知ってたわ」


 でもそんなの関係ないのだ。


「私はね、ディーバと言う完全に作られた歌姫の大ファンであって、中の人が誰かなんてどうでもいいわけよ」

「中の人って……」

「まあ、素がどうであれ、関係ないってこと」


 大好きなのはディーバであって、彼女の歌声。

 たとえその中身が年上の美青年でも、そんなことどうでもいい。

 ただそれがバレたことで、彼女の存在が消えてしまうことに耐えられないだけだ。


「ポリーは兄貴が好きなんだろ?」

「まさか。私が好きなのはロメオだわ。ずっと言ってるでしょ?」

「…………」


 しばらく沈黙し、何かを考えていたらしいロメオが、突然ぼんっと赤くなる。


「あれ、本気だったのか?」

「私、嘘を言ったことあったっけ?」

「~~~~~~~~~っ、ない……」

「だよね。あ、心配しないで。別に恋人になりたいとかじゃないから。そこまで図々しくないからね。友達で十分」

「あの、ポリー」

「あ、もう仕事に行かなきゃ。またね、ロメオ。守ってくれた時、すっごくカッコよかったよ。惚れ直しちゃったわ」

「っ!」


 ファンと恋は別。

 さわやかに立ち去るポリーを見送り、顔を真っ赤にし脱力したロメオが彼女を追ったのは、それから二十秒後の事。

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