第5話 大御所の好みはニューハーフだったのだ

 私がゆりと一緒に参加したら、松前は驚くだろうか?

 私は、ゆりと一緒に松前主催の飲み会に参加することにした。


 下町にある料亭の一室を借り切って、飲み会は行われているという。

 私は少し遅れて参加すると、なんとそこには信じられない光景があった。

 ゆりを除いて、参加者は全員がニューハーフだったのだ。

 肥満体系のバラエティー系のニューハーフもいれば、二昔前のような、モデル体型のスラリとしたアイドルのような、ニューハーフも存在していた。

 松前は、すぐ私に気付いた。

「やあ、真由ちゃん、お久しぶり。この光景ビビったんじゃない?」

 私は返す言葉がなかった。

「まあ、今日はくつろいでいってよ。珍しい集まりだけどね」


 松前は、もう私の知っている松前ではなくなったのだろうか?

 いや、そんな筈はない。

 テレビに出演している松前は、昔私にしたのと同じ変顔で私を笑わせてくれる。

 ただ環境が変わり、人間に幅ができただけである。


 松前が司会を始めた。

「さあ、ここにお集まりのおかま、誰かにかまってほしいおかまちゃん、

 あっ、その言葉もう死語だよね。ニューハーフの皆さん。大きな声で言えないことだが、いつも大御所がお世話になっています」

 大御所とは坂元ゆうじのことに違いない。

 要するに、松前は坂元ゆうじにこのニューハーフをあてがっていたのだろうか。


 週刊誌ネタでは、松前は坂元ゆうじに若い美女をあてがっているとまことしやかに書かれているが、あてがっているのは、実はニューハーフのことだったのだ。


 ニューハーフのうちに一人である、一見美少女系アイドルから、まるで賞賛のような声があがった。

「いえいえ、ここだけの話、大御所はアッチの方がまるでダメなのよね。

 緊張のあまり、機能しなくなっちまったのよね。

 それにこの頃は、素人女性が金目当てで週刊誌に売り込む時代ときている」

 肥満体系のニューハーフが、大きなイヤリングを揺らしながら同調したように言った。

「そうよね。週刊誌を名乗るゴシップ専門の記者まがいから、五百万円払うから、有名人の悪口を言ってくれとけしかけられ、ほんの少しグチを言っただけで、それを記事として針小棒大に書くのよね」

 頬にピエロのような派手な化粧をした、お笑い系のニューハーフが口を開いた。

「大御所はそれの犠牲になっちまったのよ。ていのいいスケープゴートよ。

 その前に政治ネタがでたでしょう。ほら、政治献金を一人占めしていたという、あくらつな政治家が発覚しちまった。

 それの隠れ蓑に大御所が、マスコミのいけにえの羊となったわけね」

 松前はうなづきながら言った。

「その考え方も一理あるな。

 まあ、僕達お笑い芸人は、昔からだまされることはあっても、だますという話は聞いたことがないな。

 先輩芸人がだまされて保証人になってしまったというのは、ときおりある話だよ」

 まあ、お笑い芸人はだまされたことをネタにして、仕事をとるということもある。

 アイドル系のニューハーフが口を開いた。

「ここにいる人は、松前さんを除いてアッチの方がダメな人ばかり。

 大御所は私たちと同類であり、そういう意味では仲間なのよね」


 松前は、笑顔で言った。

「これでスキャンダルの真相が暴露しました。

 真由ちゃんもお察しの通り、大御所坂元ゆうじは、素人女性にセックス強要、強姦まがいのことはしていなかった、というよりも、する必要のなかったのです。

 だって、アッチの方はまるでダメなニューハーフ好きだったんだから。

 まさに十戒の「汝、姦淫するなかれ」を地で守っている、ゲイ、いやホモという意味じゃなくて、芸人一筋の偉いお方だったんですよね」


 あっ、この「汝、姦淫するなかれ」という十戒の言葉は、私が昔、松前に教えた言葉である。

 姦淫というのは、結婚前のセックスであり、同棲も含まれる。

 まあ、なかには相手の女性が妊娠したとわかった途端、去っていく男性もいるのだから。

 同棲と結婚とは、根本的に違うのである。

 このことを松前に話すと、感心したように

「十戒は、人を悪魔から守るためにあるんだよね。

 神に逆らった人間は、欲望に惑わされて、気が付くといつしか悪魔のとりこになっていくんだよね」

 私は黙ってうなづいた。

 松前は、納得したかのように言った。

「僕は、真由ちゃんから人生の指針を教えてもらったような気がする。

 このことを、お笑い芸に生かしていくよ」

 私は答えた。

「そうね。昔は飲む、打つ、買うは芸のこやしなんて言われたものだけど、今はコンプライアンス重視の時代で、そんなこと言ってられないわ。

 まあ売れっ子芸人になればなるほど、ハニートラップまがいのものが多くなるのが、現実だけどね」

 松前はしみじみと言った。

「僕が今のところ、売れる芸人になれるという保証はないが、ハニートラップだけには注意するよ。今は命取りだからな」

 そんな三年前の会話が今、鮮明に思い出されてきた。


 松前は私の前に座って、ウーロン茶で乾杯した。

 松前はもともと酒は弱かった。

 私は、一合酒を飲んでいたが、松前がテレビ出演するまでは、酒断ちをしていた。

 私のそんな心意気が通じたのか、松前は私が酒断ちをしてから、三年目に師匠の浜田たけしと共にテレビ出演するようになった。

 師匠という立場である浜田たけしをこきおろすというネタをしてからは、すっかり有名人になっていった。

 スター街道を昇りつつある松前が、私との三年前の会話を覚えていてくれているとは、神の采配としか言いようがない。

「聖書の御言葉は、骨まで刺し通す」(聖書)というが、まさにその通りである。


 一週間後、新たなことが起った。

「大御所坂元ゆうじは、ニューハーフ好みの恐妻家」という見出しで、写真週刊誌が発売された。

 坂元ゆうじの本妻のインタビューが掲載されていた。

「私は浮気されても、やっぱり坂元ゆうじを愛しています。 

 たとえ、売れなくなっても坂元ゆうじに寄り添う覚悟です。

 坂元ゆうじは、昔のように浮気三昧というわけにはいかないのが現実です。

 だからニューハーフに走ったのです。これなら奥さんのジェラシーを買うこともなく、家庭に波風はたたないですね」


 松前ひできのコメントも掲載されていた。

「坂元ゆうじ氏は、実はニューハーフ好みだったんですね。

 その事実の隠れ蓑として、僕にガールハントをさせ、いかにも女好きであるという演技をしていたのが、真相です」

 これで坂元ゆうじの、性的強要疑惑、強姦疑惑は消えた。

 もちろん、松前ひできの女性あっせん疑惑も無罪放免になった。

 

 

 

 

 

 

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