第135話 そこ退けそこ退け
即座にソファから立ち上がった私。
しかし隣のスタンもほぼ同時に立ち上がる。
そんなスタンから視線を外さず、後ろ歩きで距離をとった。
しかしスタンは私を追ってくる。
こっち来んな!
「来るな来るな追って来るな!」
「何故逃げるの?」
「不穏なものを感じたからよ!」
「はは、不穏だなんて物騒だなぁ」
アンタの笑顔が不穏で物騒よ! 笑顔だけどいやな予感しかしないわ!
ソファの回りをぐるぐる回って三周目あたりでソファから遠ざかり扉に向かおうとして、いつの間にか扉の前にモーリスが立っていることに気が付いた。
いつの間に。いつの間に!
(モーリスあの野郎、扉の前に立って私の逃亡経路を潰していやがるわ!)
視線がスタンからそれた一瞬。
スタンが私の肩を掴んでぐるっと回転させる。右足を軸に一回転させられた私は、スタンに腰と腕に手を回されダンスホールドの状態になる。
だから、何なのこの一瞬にしてダンスホールドをとる技術!
あっという間に距離が近い。胸元が触れ合って、視線がそらせないほどに近い!
「――――もしかして、夜会の出来事を思い出してしまったのかな」
微笑むスタンの表情は意味深で、部屋に灯りがついているというのに月の下で見た艶やかな笑みを思い出させる。
…そのくせ、腰に手を回し、胸が密着しているというのに支える手は添える程度。腕を取る手だって私の怪我に配慮したのか包み込むようだ。
この男は強気で距離を詰めるようなことをしながら、押しつけがましくない。彼が強引だったのは、あの夜会のバルコニーでの出来事くらいだ。
そう、そのときも、いきなり王妃の条件などと口にした。
しかも話を進めずに、私の首筋に…。
「…でもあれは、呪いの儀式だったのよね」
その後、公爵に攫われた私を追って来たスタン。居場所がわかるようにしていたと言っていたから、あれはそう言う呪いの一種なのだと納得しようとしていた。
あとでもう一発殴ろうとは思っていたが。
確認するように呟いた私の言葉に、スタンは綺麗な笑顔で、うっそりと目を細め。
「違うよ」
「は?」
「あれはメイジーが好きだなぁって思った僕の暴走」
「…は?」
「メイジーを怒らせるには、僕がメイジーを気遣わなければいい。メイジーを怒らせるために、僕がちょっと我慢をやめただけだよ」
「…はぁ?」
ぽかんと見上げる先で、スタンは楽しそうに微笑んだ。
「王妃の条件って知っている?」
今日だけじゃなく、夜会も入れたら三回目の問いかけ。
「し、知らないわよ!」
揶揄われて堪るかと睨み付ける。その強い臙脂色を、スタンは嬉しそうに見返した。
「それはね、王に愛されていること」
「…は?」
「好きだよメイジー」
スタンの足がステップを踏む。つられて、私の足も踊り出した。
スタンの踏むステップにつられて私の足も動き出す。
「僕の妃になって」
だから続いたスタンの言葉に、彼の足を踏まなかったのは奇跡だったと思う。
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