第111話 母の過去②


 辛い過去を救ってくれた男に愛されて、自分には彼しかいないと考え、彼のためなら何でもする…しないのは悪いことだと思い込んでしまったのだろう。


 例え夫がその思考回路に気付いたとしても、監禁するような男だ。好都合としか考えず、矯正することもないだろう。むしろ言い聞かせるような人間を排除しそう。


 …この部屋にお母さん一人ということは使用人がいないということで、お母さんを強制的にひとりぼっちにすることで部屋を訪れる唯一にしか縋れない状態を作り出して…?


 私はゆっくりスタンを見た。

 スタンは凪いだ目でゆっくり頷いた。

 私の思考に対する肯定。


 そう、アンタもそう思うの。

 …ふぅん。


 有罪。絶対呪う。


「だけど、一つだけ許容できないことがあった…」


 天蓋の所為で私とスタンのやりとりがわからないお母さんの話は続く。

 しかしそれを邪魔するように、ドンッと扉を叩く音がした。

 バリケードの向こう側がざわざわと騒がしい。誰かが扉をこじ開けようとしている。


「思ったより遅かったな」

「…あれしてるのって、この屋敷の主って」

「うん、公爵だよ」


 さらりと肯定されて、私の目が据わる。

 早く開けろとか中にいるのは誰だとか騒いでいるわ。うん、お母さん一人でこんなことできないものね。私がここにいたとして、私一人でもできない。つまり他の誰かが部屋にいる…って考えたんでしょうけど、その通りだわ。


 どんどん叩かれる扉。このままだとその内破られそう。

 煩いな、まだ話が終わっていないのに。黙れって怒鳴ろうか迷ったところに、話を続ける選択をしたお母さんの声が届いた。


「アンタのことよ、メイジー」

「私?」

「あの人は私が妊娠したと知って…堕ろそうって言ったの」


 ドンドンと叩かれる扉。

 お母さんの発言から、私は目を見開いて言葉を失った。

 ここで初めて、今まで懐かしさすら滲ませて語っていたお母さんの声音に…深い、怒りが滲む。


「私達夫婦の生活に、子供はいらないって抜かしやがったのよ」


 天蓋の向こう側で。

 お母さんは私と同じ臙脂色の目を、ギラギラ怒りで光らせた。


 妻として、夫の愛情表現だと監禁は受け入れられた。

 元々活発ではあったが、少年として過ごしていたから。夫人として過ごすなら、大人しくすべきだろうと考えた。

 だから彼が不安を吐露してどこにも行くなと閉じ込めるなら受け入れられた。

 だけど。

 母として。

 ――――芽生えた命を、摘み取ることはできなかった。


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