第110話 母の過去①
「自覚ありってことは逃げてきたの? 計算が合わないけど、20年前から監禁が始まっていたんでしょ。逃げて田舎町まで来たの?」
公爵夫人の姿が社交界から消えたのが20年前。
田舎町にお母さんがやって来たのは私が生まれる少し前、つまり17年前。
空白の3年はあるものの、監禁から逃げ出したと考えるのが自然だ。
――――私を身籠もった状態で?
妊婦が脱走する理由って?
頭を抱えていたお母さんは、また姿勢を正した。天蓋の奥でシルエットがしっかり背筋を伸ばし、こちらを向いている。
「あの人が私を屋敷に閉じ込めて3年間。誰にも渡さないと訴える彼に絆されて、私もそれを受け入れていたわ。愛しているからそう言うのだし、私も彼を愛していたから」
若かりし日のお母さんが思考停止している。誰もそれを正そうとしなかったのか。親族はどうした。
「私の実家は…奔放だった祖母に似ている私の見目を嫌い、女を強調する出で立ちを嫌い…私に無理矢理少年の格好をさせて生活させていたの。胸を布で潰して髪を短くして、サイズの合わない服で体型を隠して、私という娘は存在しないものとされたわ」
実家に殴り込みに行きましょう。
思わず近くにいたスタンを見上げ、視線に応えたスタンにゆっくり首を振られた。
駄目、ではなく待て、だったから受け入れてあげるわ。私は視線をお母さんに戻した。
(アイコンタクト成功している…)
モーリスがドン引きしていたけどそれどころじゃないわ。
「少年であれと求められるのならと、私は活発に動き回ったわ。野を駆け回り木登りをして馬に跨がり狩りに出て…そんな中で出会った令息がジェイラス…夫よ」
母の救いとなりそうな登場に歯噛みする。
「最初は少年として仲良くなって、でも成長すれば性差は誤魔化せなくなって…友達として別れたのだけれど、彼は私の存在を調べ上げて殴り込みで求婚してきたわ」
よくやったといいたくないけどよくやったとしか言えない。
苦虫を噛み潰す顔をして歯ぎしりする。天蓋でお母さんの顔が見えなくてよかった。夫との馴れ初めを苦渋に満ちた顔で聞く娘など見たくはないだろう。話しにくくて仕方がない。
スタンが宥めるように肩に手を回してきた。秒で払い落とす。
「令嬢としての私を知る人は居なかったから、彼が求婚してくれなかったら私はどこにも行けず、あのまま実家の言いなりだったわね。色々あったけれど、彼だけが私を求めてくれたから、彼の願いはなんでも叶えてあげたかったの」
典型的な、盲目で献身的な思考…!
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