第8話 一言で伝わるおまじない


「結局口にしないと伝わらないのよ。どれだけおまじないをしたって無駄よ。おまじないをちまちまできるならドカンと一発決めてきなさい。一言で伝わるおまじないなんだからちゃんと言わないと駄目よ!」

「そんな、わたくしと彼は身分差が…」

「恋の障害は両想いになってから一緒に悩みなさいよ。片想いで将来を憂いても意味ないわ! 相手と一緒に悩んでこそでしょ!」

「せ、正論…?」


 いやでも叶わないと分かっているからこそ思い留まる事も…相手への迷惑が…周囲への影響も…お嬢様は両手を上げ下げしてもだもだした。

 お貴族様って私が思っているより面倒くさいのかしら。好きな人に好きって言うこともできないの? なにそれ不自由ね。


「本人に言えないとしても、口に出すのは大事よ。自分の内側に隠していても何も変わらないんだから。変化を望んでおまじないをするなら、変化を望んで好きって口に出しなさい。独り言でも効果ありよ。口に出すって最大のおまじないなんだから!」


 決意は口に出すに限る。やり遂げたいなら明言すべき。


「何よりいざって言う時に口に出せなきゃ意味ないわ」

「い、いざ…!?」

「ほら言ってみなさい! 練習よ! 私をその人だと思って、さあ!」

「わ、わ、わ、わたくし…っ」

「言わなきゃ伝わらないし、誰にもわからないし、余計な介入だってあるかもしれないんだから!」

「!」


 星空のような目がぐるぐる混乱している。私の勢いに押されて、桜色の小さな唇が戦慄いた。一度きゅっと目も口も閉じて、両手を握り、全身に力を込める。

 恥ずかしがるかしら。言えないかしら。いきなりだし無理かしら。

 でも小さく、確かに、言葉が零れ出た。


「わたくし、ピーター様が好き…っ」


「えっ」

「えっ」

「え?」


 第三者の声に、私は彼女から視線を外してそちらを向いた。ぽかんと口を開けたままの彼女も顔を上げる。


 そこには男子生徒が一人、立っていた。

 薔薇の迷路から現れた小柄な男性。ちょっとぽっちゃり気味。もこもこした羊のような金髪と小さな丸い目。全体的に丸い男子生徒。

 だけど小さな目は綺麗な緑色で、星屑のようにキラキラ輝いている。太っているがでっぷり脂ぎった太り方ではなく、清潔感のあるふんわり柔らかな癒やしの空気を纏っていた。印象、全てがふんわり丸い。

 そんな彼の手には、白いハンカチ。チラリと見えるハナミズキ。


 ぱちっと、彼と彼女の視線が合った。

 お互いきょとんとしたまま、数秒。

 徐々に、徐々に、お互いの白い肌に赤みが差していく。

 最終的に、二人揃って小動物のようにぷるぷる震えだした。


 察した。


「…お幸せに!」

「あっ待って!」

「置いてかないで!」

(なんでアンタまで追い縋るのよ!)


 彼が絶対片想いの相手、ピーター様。

 ここにいては邪魔になると駆けだした私。追い縋る二人。

 お嬢様はまだわかるけど(推定)ピーター様は見ず知らずの私に追い縋らないで。ここは男を見せなさいよ。その反応は憎からず思っているでしょうそこのお嬢様のこと!


 素早く薔薇の迷路に突っ込む。薔薇の迷路、出入り口が複数あるから(推定)ピーター様がいない方向に突っ込んでいった。そのまま薔薇の迷路の外に抜けて、遠目に他の生徒らしき人影を見る。さっきまで人影がなかったことが奇跡だったわ。今更だけど、不法侵入だから見つかるのは危ない。私は泣く泣く学園から逃亡した。


 ――結局不法侵入しただけで、目的は達成出来なかったことに気付いたのは、その日の夜。迷惑な客を絞め落とした後だった。

 …私の馬鹿!


 そして四日後。

 私の元に、警備団のバッチを携えた男達がやって来たのだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る