第6話 ハナミズキのハンカチ


 私はベンチを迂回して彼女の隣に座った。座高が全然違う。気付いていたけど私よりすごく小さいわ。抱っこ出来るかしら。できそうだけど流石にしちゃ駄目よね。


 彼女は宵闇の髪に指を絡ませながら、もじもじと肩を揺らした。


「わたくし、その、なんというか…『ハナミズキのハンカチ』をしまして…」


【ハナミズキのハンカチ】

 それは簡単な恋のおまじない。メイジーも知っている、つまり庶民もできるおまじない。

 白いハンカチにハナミズキの刺繍をする。ただ刺繍するわけでなく、ハナミズキの花弁にこっそり恋しい人のイニシャルを忍ばせる。ぱっと見る分にはわからないが、手に取ればわかる。


 ハナミズキの花言葉は【私の想いを受け止めて】


 片想いの相手に自分の想いが届きますように、そんな気持ちで行うおまじない。


「へえ、やるわね」

「ううう…出来心だったのです…」

「いいじゃない。魅了のおまじないをしたわけでもないんだし」

「でも恋のおまじないは法律で禁止されています…」


 そう、禁止されている。

 我が国、フォークテイル王国では、恋のおまじないが禁止されていた。


 昔、おまじないを呪いに変えてしまった魔女がいて、この国では恋のおまじないが禁止されている。何故ならフォークテイル王国には福音と呼ばれる力があるからだ。

 それは儀式を通して呪いを発動する力。他国では魔力、ギフト、スキルなどたくさんの呼び名がある。我が国では祝福された力ということで、福音と呼んでいる。

 持って居る人と持って居ない人がいるが、持っていても持っていなくても特に気にすることはない。修行してその力を磨かない限り、あってもたいした問題ではない力だ。


 ただ、福音持ちは呪いをかけることができるので…なんてことの無いおまじないも、過去の例から禁止されているものが多い。

 恋のおまじないもその一つ。魅力的になるおまじないを、魅了の呪いに変質させてしまった魔女がいるからこその処置だ。


 しかし恋する乙女は禁止されていても、藁に縋る思いでおまじないをしてしまうのだ。

 福音を持っていようが、いまいが。


「それで? 想いが爆発して禁止されている恋のおまじないをしてしまった自分に不甲斐なさを感じて泣いていたの? 泣くことないわよ? 禁止というか、取扱注意みたいな扱いじゃない」

「ううう…そのハンカチ…」

「うん」

「落としてしまったのです…」


 あちゃー。


 おまじないにはルールがある。それを破れば効力を無くす、という絶対のルールだ。

 第三者が触れたら無効、というのは割と良くあるルール。【ハナミズキのハンカチ】も第三者が触れたら効果を無くすと言われている。

 ハンカチが落ちていたらどうする? 取り敢えず拾う人が多いはず。

 つまりそういうこと。


「禁止されているおまじないに手を出しておいて、うっかり落として効力を無くす…わたくしはなんて間抜けなのでしょう。自分が恥ずかしくて不甲斐なくて涙が出てしまったのです…」


 わたくしのおバカ…。

 そう言いながら両手で顔を覆う。耳が赤い。なるほど羞恥。


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