第5話 涙のわけ


 混乱しているのか、彼女は私にされるがまま。大人しくぐいぐい目元を拭われた。


 ちょっと大丈夫なのお貴族様。見るからに庶民の私にこんな扱いされて無抵抗って無防備すぎない? このお嬢様大丈夫? ほやっとしているから泣かされたのかしら。

 そうよ、一体誰に泣かされたの。こんな可愛い子だもの、身の程知らずの男子か容姿に嫉妬した女子の二択だわ。村でよくあったから間違いない。所詮庶民も貴族も考えることは同じなんだわ。


「あ、あの、親切にありがとうございます。でも違うんです。わたくし、泣かされたのではなく…」

「言いにくいならそれでもいいわ。でもやられっぱなしは駄目よ。まずは相手の脛を狙いなさい。蹲った所で頭を殴るのよ」

「お待ちになって!」


 止め方上品。お待ちになってとか初めて言われたわ。

 いつの間にか彼女の涙は引っ込んでいた。しかし顔色は悪い。可哀想。泣かされた恐怖は残っているのね。


「大丈夫。世の中には正当防衛という言葉があるの」

「過剰防衛の間違いでは!?」

「奴らの目に見えた傷より奴らにつけられた見えない傷の方が治りは遅いのよ。相手が泣いてから平等ね」

「過剰では!?」

「泣かされたら泣くまでやるのが常識でしょ」

「わたくしの知っている常識と違う…!」


 お貴族様ってやっぱり上品だったのね。喧嘩では拳じゃなくて言葉を使うのかしら。言葉を使わせる前に拳で黙らせた方が早くないかしら。言い訳無用っていうじゃない? 言い訳なんかしゃらくせえって思わないのかしら。私は思うわ。

 だけど彼女は私の主張にぷるぷる首を振った。その様子が小動物のように可憐。いけないわ、お貴族様に庶民の価値観はちょっと刺激が強すぎたかもしれない。


「わ、わたくし、誰かに害された訳ではありませんわ…」

「じゃあなんで泣いていたの。いいのよ、庇わなくて。一発で終わらせるから」

「大事な何かが終わりそう…本当に違うのです。あの、情けないことに、わたくしの不注意で、わたくし自身が不甲斐なく思えてこのような…」

「そう思わせられたということね?」

「違うのです…!」


 精神的に相手を責めて自己肯定感とか潰しに来る卑劣な奴いるわよね。しゃらくせえわ。ペンは剣より強しだったかしら。意味が違う? そうね、どっちも刺せるんだから変わらないわよね。女の子を泣かせるなんて万死に値するわ。

 …あ、まさか。相手を言えないのはもしかして。


「女の子に泣かされて…?」

「泣かされたわけではないのです…!」


 違ったのね。でも説得力が無いわ。私のハンカチにしっかり涙の跡が残っているんだから。


「泣かされたわけじゃないなら、どうして泣いていたの。怪我はないように見えるけどどこか痛いの? 医者は何処かしら」

「怪我でもなく…え、ええと、その」


 ああ、しまった私の悪いところね。言いたくないなら無理に聞き出すべきじゃないわ。

 女の子が、それもこんなに可憐な女の子が泣いているんだもの。ちょっと正気を保てなかったわ。

 私は追求したい気持ちをぐっと堪えて口を閉じた。ちょっともにゅもにゅしたのは仕方がない。


「ああああの、秘密にしてくださいますか」

「勿論よ」


 あっ口が勝手に。

 でも話してくれるなら聞くわ。本人が気付いていないだけで虐められたのかもしれないし。


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