第2話 同行願おうか
「おいスタン」
「問題ないさモーリス。座っていてくれ」
「そうもいかないだろう」
外套男の同伴者が鋭い視線で私を睨み付けてくる。
こちらの男は外套を羽織っているが、顔は隠していない。
ボサボサした黒髪を無理矢理後ろに纏め、鋭い目元は紫色。外套の上からでも分かる鍛えられた体付き。ぱっと見二人を見比べて、強いのはこっちの男だ。
だけど私の攻撃を危うげなく止めた外套の男が弱いとは思えない。
…そんな輩が私に一体何の用…? いつもの迷惑な客かと思ったけど、動きが酔っ払いじゃない。
訝しげに見上げる私に、外套の男はにっこり笑う。座ったまま小さく見上げてくる相手の顔は、口元がかろうじて確認出来る程度。それでもにっこり笑っていると分かるくらい、しっかり口角が上がっていた。
「さて、君には聞きたいことがある…ご同行願おうか」
「とうとうやらかしたのかメイジー!」
ここで酒場の主人が悲鳴を上げた。
私が肘鉄を繰り出したあたりから、蒼白になりながらこちらを窺っていた店長。外套男の発言に跳ねるようにカウンターから駆けてきた。ぼよんぼよんと大柄なお腹が揺れている。そのまま外套男の前で深く頭を下げた。
「すみません! 猪突猛進だけど心根は優しい子なんです! 過激だけどいい子なんです! 本人に悪気はないんです!」
「なんで店長がそんなに謝るんですか、私に心当たりはありません!」
「悪気はないんです! 分かっていないだけなんです! うちの病気のばあさんを気にかけるくらいにはいい子なんです!」
「どういうことですか店長!」
「お前! この三ヶ月で何人病院送りにしたと思っているんだ! 相手が悪質な酔っ払いでなければ捕まっていたのはお前の方だと何回も言っているだろ!」
夜の酒場は本当に治安が悪い。私の肘鉄が何度唸ったことか。
しかしそれはセクハラに対する正式な抗議だ。何触ってやがる酔っ払い。許可無く乙女の神聖な柔肌に触れるからには覚悟は出来てるな? そうだな?
鼻息荒くふんすふんすと踏ん張る私に、外套男がこてんと首を傾げる。外套の内側で、さらりと金色の髪が揺れたのが見えた。真っ直ぐな、そこそこの長髪。
「心当たりはない?」
「ない!」
断言できる。お前なんか知らん。
しかし相手は口角を上げたまま、不思議そうにする素振りすらない。私の肘鉄を止めた手が、懐を探る動作をした。
「四日前」
「え」
楽しげに落とされる単語。言いながら私にだけ見えるよう、外套の隙間から覗かせたバッチ。
「学園の、大樹」
「…」
銀色の縁取り。飛び立つ鷲の背後に盾の紋章。
警備団のバッチ。
…警備団は、騎士見習いが所属する街の巡回組織。地道な見回りと街の警備を担当する、騎士団直属の組織。彼らは簡単な事件の捜査、犯人確保の役割も担っていて…。
私は臙脂色の目をきょろりと回した。いつもより集客が少ないなぁ。現実逃避に気付かれたのか、ぐっとつかまれた腕に力が籠もる。
「心当たりは?」
確信的な声音。疑問符が付いているのに無いわけ無いよね? なんて幻聴が聞こえる。
だらだら汗を流しながらそっぽを向く私に、店長も大量の汗を流しながらはわわと口元を押さえていた。うぬぬ。心当たり?
四日前のチャンル学園。
中庭に咲き誇る桃色の花を咲かせる大樹。
心当たり、めちゃくちゃある。
「ご同行願おうか」
「…はい」
私、田舎町から王都に出てきた平凡な村娘のメイジーは。
つい四日前、訳あってチャンル学園に不法侵入した。
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