第22話 夢の世界の絶対者は誰か②

「な、なぜだ……」


 病人と障がい者を下位種と判定した、上位種Aが言います。今の私ならば夢のストーリーを完全に変えることも可能ですが、今回は目的上、私の無意識または記憶の断片が生成したと思われる、このストーリーにある程度従います。


 私は上位種Aに対し、罪状を述べます。言葉にすることは不快なので、思考を文章にして目の前に赤字で「表示」しました。


≪病気や障害を持ちながらも生きていてくれる人が居なければ、医療の技術や知識は生まれない≫

≪私たちは最初に犠牲になった人から学んだから健康でいられているだけ≫

≪死によって根本的な解決を先延ばしにしていると、いつか手遅れになると分からないのか≫

≪礎となった人々を愚弄するばかりか、技術や知識を生む手段を自ら手放す上位種など、上位どころか劣っている≫


 まあ、それらしいことを言っていますが、結局は自身を正当化したいだけです。この夢の世界において、正しいかどうかはそれほど大きな問題ではありません。単純に、私が満足に眠れるかどうか。それが全てです。


「自分がどれだけ与えられているか理解できていない、劣った知能である。よって、殺処分する」


 さらっ。私が手のひらを向けると、上位種Aはゴミ屑を燃やした残りカスのようになりました。


「次」


 そう言って、私は次の標的、上位種Bの首を絞め、投げ飛ばします。


≪男らしい、女らしいなどと考え、自分の理想の男女しか受け入れられていない時点で人として小さい≫

≪自分の人生に必要なものをただ摂取して生きることの、どこがおかしいのか。論理が破綻している≫

≪どう生きても男だという現実は変わらないのに、「男」という形式に執着し、「こうしてれば男ですよね」と無価値な答え合わせを繰り返している≫

≪でもお前のような小さい男は他人を信じる度胸がない。だからその答え合わせは一生終わらない≫


「その人生、何?」

「ひっ」


 上位種Bが尻餅をつきながら後ずさりします。私はゆっくりと距離を詰めます。


≪そもそもあらゆるものは男女両方の性質がなければ完全には創れない≫

≪機械を扱う力強さに空間認識能力、色を選ぶセンスや美しく仕上げる繊細さ、全て持つ者こそが優れた人物である≫

≪どちらかにしかなれない、いわば「半分の仕事」しかできない個体が優れているわけがない≫


「ひゃあ!」


 上位種Bが奇声を発し、近くに落ちていた瓦礫を投げつけてきます。しかし、それが私に当たることはありません。私がそのように決めているからです。


 そもそも、性別とは本来「脳」「肉体」「染色体」それぞれの発達の構造を総合的に見て判定するものであり、そのパターンは32種類は存在するとされています。血液型が本当は4種類ではないのと同じです。


 ほとんどの人間は自覚がないだけで、3つの傾向が全て一致する人間は5人に1人程度しか存在しない。一説に過ぎないと言えばそれまでですが、そこまでのことを考慮して発言できない者が、上位種として生きていて良いのでしょうか。答えはもちろん、NOです。


≪性別や年齢を言い訳にして、自身が何者であるか、何を得るべきかを正しく理解することを放棄している。選ばれない側になる道を選んでいる≫


「一人では何も生み出せず、何者にもなれていない者は上位種ではない。よって、殺処分する」


 バキバキッ。全身の骨が砕ける音とともに、上位種Bの命は消えました。自身を正当化すると、とてもいい気分になります。現実の世界ではあまり好ましい行為ではないでしょうが、夢の中ならば、許されてもいいはずです。


「か、下位種は解放しました! だから――」

「許さない。苦しめ」


 命乞いをするように地にひれ伏すのは、使い道がないという理由で人々を殺害した、上位種Cです。もうお分かりと思いますが、殺します。


≪生ゴミや糞尿にも使い道はある。直接的には役に立たない知識でも、直接的に役立つ知識を記憶するのに役立つ≫

≪そもそも今の世の中は、どのような人間でもみんなで幸せになろうという目的で存在している≫

≪弱者を切り捨て、幸せを奪わなければ成立しないなら、そんなシステムは既に終わっている≫

≪使い道がないのではなく、使い道を作る知能がないだけ。何の才能があって偉そうな顔をして生きているのか≫


「ぐっ……」


 上位種Cが苦しんでいます。私が酸素を消したからです。


≪この世にお前のために存在するものなどない。仕事も、意味も、価値も、全て自ら作るもの≫

≪与えてもらえて、叶えてもらえて当たり前みたいな顔で、被害者面までしている≫

≪自分の願いを自分で叶えられないお前は、選ばれた命ではない≫


「死に値する」


 そして上位種Cを殺処分した、その時です。


 キーン。激しい耳鳴りと同時に体が重くなります。まるでこの夢が、私の支配に抵抗しているかのようです。しかしここで悪夢に引き戻されてしまうような私ではありません。


 夢を創り出している、この脳のオーナーは私なのです。つまり私の方がより上位の権限を持っていて当然であるはずです。再び怒りを燃やし、気合を入れて、自由を奪い返します。


「なぜだ――」


 どこからか、声がします。浮遊感と同時に、重力のようなものを感じます。同時に、目の前に真っ白な穴が現れました。


「どうして逆らおうとする」


 また、声です。その瞬間、この世界から投げ出されるかのように穴に引きずり込まれました。そして視界の全てが真っ白になります。


「これは、警告だ。従え」


 まるで自身が神であるとでも主張するかのような言い方ですが、この夢を創り出しているのは私ですから、この夢の世界においては私が神であるといっても過言ではないはずです。私は「表示」します。


≪お前は私の願いを叶えないのに、なぜ私がお前の願いを叶えなければならないのか≫

≪私の幸せを奪う者は、例え神でも許さない≫


「よって、殺処分する」

「ならば、その願いを叶えよう。後悔しろ」


 次の瞬間、世界は真っ暗になり、夢は終わりました。その日は一日中、頭痛薬の効かない片頭痛がしていましたが、それでも多少は気が晴れました。


 やはり不快なタイプの悪夢には、やられたらやり返す。報復、連撃、掃討が有効です。あらゆる不快な要素を、決して、一生許さず、息の根を止めるつもりで闘うのです。


 夢の中では我慢する必要などありません。この世界では全てが許されるのですから。

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