第21話 夢の世界の絶対者は誰か①

 多くの人は悪夢といえば「何かに追いかけられる」とか、「高いところから落ちる」とか、そういう、命の危険を感じる夢をイメージするかもしれません。しかし、悪夢の中には「不快なことを言われる」ものもあります。


 単純に怖いだけの夢であれば、夢であると認識した瞬間に恐怖は薄れますから、今の私なら十分に対応ができていると言えます。が、不快な言葉については夢も現実も関係ありません。


 まるで何者かが、私の「夢の内容も現実と同じように覚えている」という性質を悪用しているかのように、不快な悪夢の割合が増える時期がありました。


 そんなある日の悪夢です。私は開幕から、これが夢であると認識した上で、この夢に従っています。


「おかえりなさいませ」


 私は豪華な家が並ぶ高級住宅街の、最上位の土地に住んでいました。こちらの領域でも特に絢爛けんらんな、城のような屋敷に入ると、大勢の召使いたちが私を迎えます。


 ですがそこに私の家族は居ません。家族は、何の才能もない無駄で有害な命の人間、「下位種」と判定され、選ばれなかった命の人間が住む場所に隔離されていたからです。


 一方選ばれた命の人間、「上位種」は、あらゆる才能の他に何かひとつ超常的な能力を有しています。私の能力は「隠滅」。私が消せると思ったものは何でも消すことができます。私は部屋に戻り、一人になったことを確認すると、自身の実体を消して床や壁をすり抜け、「下」を目指します。


 大理石のような壁が並ぶ地区から、路地裏へ入ります。路地を抜けたら坂を下りて建物に侵入し、そこの地下からまた路地へ――周囲の家は徐々に粗末な造りになり、最終的には土の山に穴を開けただけの家になりました。


 私はそこで手を広げ、「大きさ」や「重さ」を消しておいた食べ物をばらまきます。私は隠滅の力を使って姿と痕跡を消し、下位種の領域へ入り、誰にも気づかれないように彼らを支援していたのです。


「それでは、殺処分を始める」


 場面が変わります。下位種の人々が、どこかの地下室に集められています。私は姿を消した状態でその様子を見ています。


「これは病人と障がい者」

「これは男らしくも女らしくもない」

「こいつは使い道がない」


 大勢の上位種が、中二階――というのでしょうか、高い部分から下を見下ろして、下位種の人々の「罪状」を述べています。私は既に不快感を覚えていますが、まだ、夢を変えるべきか、終わらせるべきか、対処に迷っています。


 既に不快な気持ちになっているので、夢を終わらせて目覚めればしばらくは眠れないかもしれません。それに不快な言葉を聞いたままで終わってしまうと、その怒りの捌け口がありません。


 最終的に救いのある夢になればまだ良いですが、下手に夢を変えようとすれば翌日にも疲れが残ります。結局、この夢が始まった時点で満足な眠りは奪われているのです。その点にも腹が立ちます。


「ぎゃっ」

「あっ」


 悲鳴が聞こえると同時、下に集められていた人々のうちの数人が潰されて死にます。「重力」の能力を持つ上位種の仕業です。


「見ろ、臓器が奴らの無能さを嗤うかのように弾けたぞ」

「老いさらばえ、なおせいむさぼる、愚民ども」


 上位種どもは楽しむように人々を「殺処分」しています。


「次はあの汚い命を処分しろ」


 また別の一人が指をさします。その指の先に居たのは――私の家族です。私は姿を現して止めようとしますが、手遅れです。先ほどまで私の家族だったものは、次の瞬間、何の価値もないゴミ屑のように床に散乱する、赤黒い肉片へと変わっていました。


「汚ねぇ命は死に方も汚ねぇな」

「何の価値があって生きてんだよ、死んで詫びろ」

「もう死んでるけどな」


 上位種どもが笑います。この上なく醜い顔です。


 今まで黙って夢に従っていましたが、もう限界です。例え夢であろうと、毎日のように家族や親しい人物が死ぬのは気持ちの悪いものです。あまつさえ、その命を侮辱している。縁起が悪いというか、為す術がないというか、ただ受け入れるしかないという感じが、私は許せないのです。


 私は怒りを燃やし、夢の支配権を握ります。そして。


「思い上がりも甚だしい。消えろ」


 私の家族を指さしたバカの存在を、この世から消しました。ここからは、私を不快にするという無礼を働いた、自称「上位種」の思い上がりどもを殺処分する時間です。

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