第13話 穴に飛び降りて戻れずに死ぬ夢

 小学校に入学してすぐくらいの頃に見た悪夢です。


 場面は自宅の寝室。部屋の真ん中には大きな穴が開いていて、底はなく、無限の闇が続いているように見えます。


「この穴に飛び降りてね、目を閉じて、三つ数えると上に戻れるんだよ!」


 穴を覗きながら、「あの子」が楽しそうに言います。全く面識のない人物ですが、夢の中では私はその人のことを友達の「あの子」と認識している、つまりそういう設定の夢です。


「お手本を見せてあげますわ!」


 いつものお嬢様口調で、あの子が飛び降ります。あの子は見る見るうちに小さくなっていき、底なしの闇に飲み込まれそうになります。


「いち、にー、さんっ」


 穴の奥に見えていた、あの子の姿が消えました。


「ほら、この通り!」


 気付くと、あの子が目の前に居ます。


「僕も行ってみよーっと」


 今度は見覚えのない男の子が、同じように飛び降ります。


「いち、にの、さーん!」


 男の子の姿が消えました。顔を上げると、あの子と同じように、男の子は穴の上に戻ってきています。


「やったぁ! 面白いね!」

「はい、今度はあなたの番ですわよ?」


 あの子に言われ、私も飛び降ります。


 ひゅう……風を切る音と同時に、目の前が真っ暗になります。上を見上げると、あの子たちがこちらを見て笑っています。そして――


「いち、に、さん」


 私は目を閉じ、三つ数え、目を開けます。しかし。


「あれ?」


 私はまだ落ち続けていました。見上げると、穴の入り口はさっきより小さくなっています。何か間違えたのかと思い、私はもう一度、目を閉じて数えます。


「いち、に、さん」


 ひゅう……目の前は真っ暗です。私はまだ落ち続けています。見上げると、穴の入り口はもう点にしか見えないほどに小さくなっていました。


「どうしよう、戻れない……」


 その後も何度も目を閉じ、三つ数えますが、それでもやはり目の前は真っ暗です。


「オ、オ、オ、オ、オ」


 穴の奥から、何かが聞こえてきました。身体の芯にまで響く、低い声です。


「オ、オ、オ、オ、オ」


 私の身体はまだ、地獄のような闇の中へ落ち続けています。次の瞬間。


 ドン。衝撃とともに全身に痛みが走ります。全身の自由を奪われると同時に、体中から何かが抜け出て、急激に体温が下がってゆくのを感じます。もはや自分がどこを向いているのかも分かりませんが、どこを見ても何ひとつ見えない、真っ暗闇です。


 痛い、怖い、帰りたい。そんな思いでがむしゃらに目を閉じては開きます。そして一際強く目を閉じ、勢いよく開いたその時。


「あ」


 私は目覚めました。当時はまだ夢の中で「これは夢である」と認識することはできていませんでしたし、目覚めることができたのは全くの偶然です。しかしこの偶然が、数年の後に「夢を終わらせる方法」となったのです。

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