第12話 言霊か、偶然か、必然か ②

 私にはもう一人、嫌いな人が居ました。それはこのクラスの担任、S先生です。S先生は授業中に指名して、指名された生徒が問題に答えられないと、教室の後ろに立たせ、最後に


「では問題に答えられなかった知恵遅れどもは、朝鮮人の真似をしなさい」


 と言って、サルの物真似をさせながら席に戻らせるのです。現代でやれば確実に裁きを受けるような異常な行為でしょう。当時の私はまだ、善悪というものを十分には理解できていません。他のクラスメイトも笑っていたり、恥ずかしがっていたりはしても、その行為を問題だとは思っていない様子です。


 それでも私は、S先生の行為は人としておかしいと、そしてそれが裁かれないこともおかしいと考えていました。


「先生って4年生から変わるんだよね?」


 下校中、友人に聞かれました。私は頷いて言います。


「次は優しくて面白い女の先生がいいな」

「うん、早く4年生になりたいね」


 それだけの会話でしたが、私の中ではより一層、S先生への恨みが強まるのを感じました。自分の願いが肯定されたことで、恨むことまで許されたかのような気持ちになったのです。友達と別れた後、私はまた、呟きます。


「S先生なんていなくなればいいのに」


 数か月後。私たちは3年生になりました。私のいた学校ではクラス替え、つまり担任の先生が変わるのは4年生に上がった時のはずです。しかし。


「はい、皆さん、おはようございます!」


 教室に入ってきたのは、知らない先生でした。私たちに詳しい事情が知らされることはありませんでしたが、どうやら、S先生は退職したようです。


 しかも、新しい先生は私が願った通り、優しくて面白そうな、女性の先生です。私は喜びました。しかし同時に、小さな疑問を抱きます。私の呟いたことが立て続けに現実になった。「これは単なる偶然なのか」と。


 それからしばらく経ったある日。子供会の運動会の知らせが来ました。


 私は体育の授業をはじめとする、運動が大嫌いでした。理由はただひとつ。「ルールを知っている前提で行われていたから」。


 サッカーも野球も、誰もルールを教えてくれないままチーム分けをされ、大した練習もないまま試合をさせられる。何が正解か分からないのに、正解しなければいけない。それはこの上ない苦痛でした。


 しかし、それを理由に休めれば苦労しません。当時は何においても、休むことは悪。どうして幸せになれないと分かっていることをやらなければならないのか、私には分かりませんでした。そしてふと、呟いてしまったのです。


「誰か死んだりして中止になればいいのに」


 当日。残念ながら運動会は決行されます。私は徒競走に出ることになりました。ルールの分かる運動ならそれほど苦痛ではありません。その日は楽しいことだけ考えて、何とか乗り切りました。


 その数日後、ある知らせが届きます。


「Nさんの父親が亡くなった」


 Nさんの父親は先日の子供会の運動会で、親が参加する競技に出ていたようです。そこで全力で走った後、家に帰り、お酒を飲んでいた時に突然倒れた、と。


 運動をした後にお酒を飲むのは好ましいことではないと、テレビでも言っていました。


「たまたま偶然が重なっただけ」


 私は自身にそう言い聞かせましたが、このことがあってから、私は声を発するときは慎重に言葉を選ぶようになりました。

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