第5話 母が飛び降りて死ぬ夢

 幼稚園児の頃に見た悪夢です。


 ここはリビング。私はいつも決まった時間に、いつものように母と並んで、出窓から空を見上げている。そういう設定の夢でした。


「あ、飛行機! パパあれに乗ってるかな?」

「そうだね、乗ってるかもしれないね」


 父はちょうど研修で1か月ほどスイスへ行っている時期でした。それは夢の設定ではなく、現実のことです。


「乗ってたらいいなぁ。パパはいつ帰ってくるの?」

「いつだろうね……」

「早く帰ってきてほしいね」

「そうだね……」


 母の様子が変です。いつもの、現実の母なら、このようなときは大体「早く寝れば早く会えるよ」というようなことを言っていたものです。


「ママはもう、耐えられないよ」


 母の声が急に感情を失いました。驚いて母の方を見ると、母はゆっくりとこちらを向き、微笑んだかと思うと、


「サヨウナラ」


 バタッ。母は勢いよく出窓を開け、飛び降りました。ぱんっ――まもなく、何かが破裂するような音が聞こえました。


 うちはマンションの3階です。現実的に考えれば、5階程度の高さから落ちた場合でも死亡率は50%もないはずですから、3階程度で破裂音、つまり即死するほどの損傷を受けることはあり得ません。


 ですが当時の私は幼稚園児。4~5歳程度の知能ではそこまでは理解できません。きっとただでは済まない。私は恐る恐る出窓によじ登り、下を見ました。


 そこには、がありました。手足はちぎれ、明後日の方を向いています。身体からは赤黒い風船のようなものが飛び出し、周囲を飾り付けるように散乱していました。ただひとつ、頭部だけが綺麗に残り、こちらを見ている。直前に見た、あの笑顔のままです。


「ただいまー」


 玄関の方から父の声が聞こえました。あと少し耐えていれば……そう思った瞬間、立ち眩みで目の前が白とグレーのチェック模様になり、気付けば私も、母の後を追うように落下していました。


 ぱん。肉体の弾ける音とともに、一瞬で全身が熱くなったかと思えば、今度は急に冷たくなります。


「どうして……」


 遠くから聞こえる父の嘆きを最後に、私の視界は真っ暗になり――私は死んだのです。朝になり、目が覚めて、全てが何事もなかった時、ようやくそれが夢であったと理解しました。

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