第4話 上半身だけの男性の正体

 私が友人とルームシェアで暮らしていた頃の話です。


 友人は夜遅くまで働くことが多く、その日も私は一人で先に寝ていました。頭側には戸があり、その向こうにはキッチン、そして玄関があります。足側には窓があり、カーテンの向こうには街灯の光がある。ベッドはそのような位置関係でした。


 布団に入って1時間くらい経過し、ようやく意識が眠りに落ちた頃です。夢が始まって数秒もしないうちに、金縛りで目が覚めました。


 視界のぼやけ具合と肌に感じる空気から、これは眼鏡を外している今の、現実の景色であろうと判断しました。しかし、首から上の金縛りを破って周りを見た時に、あることに気づきました。


 戸が、開いているのです。


 私はいつも寝る前には頭側の戸を閉めているのに、それが開いている。視界がぼやけているので、その向こうが闇であることしか分かりませんが、明かりがついていないということは、友人は帰ってきていないということです。


 また、左手側にあるハンガーラックは空のまま――スーツがかかっていないことからも、それが分かります。


 ではなぜ戸が開いているのか? これが、私の裸眼時の視界を忠実に再現した夢であるなら説明がつきますが、夢には特有の「感触」があります。その感触だけはいつも不完全なので、こちらが夢であると気づけるはずです。


 いよいよ夢か現実かが分からなくなりました。その時です。


 ガサ。


 玄関ドアの向こうからビニール袋のような音がしました。友人が帰りに買い物をして帰ってきたのだと思いました。しかし、いつになっても鍵を開ける音がしません。


 ガサ。


 今度はドアの内側から音がしました。残念ながら、何かの侵入を許してしまったようです。首を振り、そのわずかな反動で身をよじるようにして全身の金縛りを破りました。が、即座に二度目の金縛り。今度は強いです。


 ガサ、ガサ。


 開いている戸の、その闇の中から産まれるかのように、真っ黒の人が現れました。床から1.5メートルくらいの位置に、両手と頭が見えます。標準的な体系の男性のようでした。男性は両手をバタバタと動かし、空中を泳ぐようにして移動しています。


 なぜ泳いでいるのか。理由はすぐにわかりました。その男性には、上半身しかありませんでした。歩く足がないので、泳ぐようにして移動するしかなかったのでしょう。


 上半身だけの男性は寝室に侵入すると同時に、片手で戸の縁を掴み、空中に浮いた状態でしばらくこちらを見ていました。私は金縛りを破ることよりも、首の後ろと背中に意識を集中していました。なんとなく、そこが狙われているように感じたからです。


 しかし、男性はその後、特に何をするでもなく、再び両手をバタバタと泳ぐように動かし、闇の中へ消えていきました。


 後で知ったことなのですが、友人はもともと別の友人Aさんとこの部屋で暮らしていて、そのAさんが故郷へ帰ってしまったため私を迎え入れたとのこと。


 私は、きっと私自身がAさんという他人の痕跡を無意識に察知していて、その記憶が今回の「悪夢」を構成したのだろう、と考えました。しかし。


 その数か月後、友人のもとに、Aさんが亡くなっていたという連絡が入りました。私がこの体験をする少し前に亡くなっていたそうです。また、「Aさんは亡くなる直前、足に障害が発生し、歩くこともできなくなっていた」と。


 これは、霊と呼ばれるものに対しての疑問ですが、例えば、左腕のない人は左腕のない霊になるのでしょうか。下半身が不自由な人は、下半身のない霊になるのでしょうか?


 なぜ私の知らない情報が、私の「悪夢」に反映されていたのか。あれは単なる現実的な悪夢だったのか、あるいは悪夢的な現実だったのか……真実は今でも、きっとこれからも分からないことでしょう。

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