第3話 金縛りを破らなかった日
母から、実家の犬が他界した、という連絡が来ました。ちょうどその日の昼、実家へ帰り、老衰で寝たきりになっているその犬を撫でて別れを覚悟していたところです。
翌日。前日に続いて実家へ帰り、家族で葬儀へ行きました。実家が近いとこういう時に助かります。まるで人間の葬儀のように丁重で、時代も変わったなと思った記憶があります。
その後、特別な骨壺や位牌などの案内もされましたが、「死んだ後にあれこれやっても遅い」「やりたいことは生きてるうちにやり切った」という意見が一致し、標準的なもので済ませることにしました。お墓にも入れず、遺骨を持ち帰る選択です。
ペットの霊園は人間の霊園ほどの永続性はないでしょうし、家にある方が安心だと考えたためです。
そのような流れで、葬儀は何事もなく終わりました。
それから1か月と少し経ったくらいの深夜。目が覚めると同時に、金縛りです。
頭上では加湿器が動いていて、加湿器から出た蒸気が顔に当たっています。右腕はベッドから落ちている状態で、床にギリギリ触れていないくらいの状態でした。右手に床の冷気をわずかに感じます。
金縛りはいつも遭うものよりも随分と弱いようでした。少し力を込めるだけで簡単に破れそうです。しかし。
チャッ。何か固いものが床に当たる音がしました。同時に、何か柔らかいものが右手の甲に触れます。
その柔らかいものは3回ほど、往復するように右手に触れると、チャッチャッ……という音を立てて遠ざかってゆきました。私はそれを、犬だと思いました。
しかし、私は金縛りを破ることはしませんでした。もしその正体を確認して、本当にそうだったら? どうすればよいのか、何ができるのか。私自身どうしたいのかも分かりません。あるいは別の何かであったとしても、それはそれで怖い。そんな風にいろいろと自分に言い訳をしてしまったからです。
やりたいことは、彼が生きているうちにやり切ったのです。知らない方が幸せなこともある。今でも私は、そう言い訳しています。
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