第3話 アンソニー・ベンスン

「テリー!!」


 走り去る親友の背中に向かって呼び掛けたが、テリーは振り返る事なく教室から出て行った。

 たった今、銃声の聞こえてきた方角だ。


 もし、次に銃声が聞こえた時は──


 アンソニーは自分の想像にぞっとした。

 そして、テリーは今の自分と同じような想像をしたのだろうと思った。


 アンソニーは痛む右足を引きずり、教室の出口に向かった。


 廊下を覗き込む。

 最初に飛び出さずに教室で様子を伺っていた他の生徒が避難を始めていた。


 テリーの向かった方を見ると、廊下に倒れた人影が、1、2、3。

 聞こえた銃声と同じ数の生徒が倒れていた。


 ──生きてるのかな?


 遠くて分からないが、動いている感じはしなかった。

 少なくともあの中にテリーはいない。


 もし途中で犯人に遭遇したらどうする?

 何も出来ない。

 それはそうだ。

 相手は爆弾を仕掛けて銃を撃つような奴だ。

 そんなのに素手で向かっていくのはイカれた奴か、ただの自殺志願者だ。


 それでもアンソニーはテリーの後を追った。

 恐怖で思考が麻痺しているという訳ではない。

 テリーを助けたい。

 彼が助けようとしているマチルダを助けたい。


 二人に対する友情、もちろんそれはある。しかし、そうする事で自分の感じている引け目を無くせるのではないかと考えていた。

 アンソニーは十歳の時にこの街に引越してきた。

 生来大人しい性格の彼は新しいクラスに馴染めず、最初の一週間をただ一人で過ごした。

 多少の寂しい気持ちはあったが、虐められるという事もなかったので、まあ、こんなもんだろうと思う事にした。


 一週間が過ぎたある日、いつもと同じ時間に家を出た時だった。


「おはよう」


 その声が自分に向けられているとは思っていなかった。

 そのまま歩き出すと――


「おはようアンソニー・ベンスン」


 アンソニーは慌てて振り返る。


 そこには見たことのある少年と、その後ろに隠れるようにしている少女がいた。

 家の近くのクラスメート。

 それがアンソニーと二人の出会いだった。


 それからは学校でもよく一緒に行動し、週末はお互いの家によく行き来するようになった。

 そうしているうちにクラスに馴染んだアンソニーは二人に心から感謝していた。

 しかし、親友ともいえる関係だと思ってはいるが、つねに自分はテリーとマチルダの関係の邪魔をしているのではないか?そんな事を考えるようになっていた。

 もちろん二人はそんな事を思ってないと思う。

 だからこれは自分の気持ちの問題だ。

 彼らに救われたのだという記憶が、どこかで引け目を感じている理由だろう。


 だからイーブンにしなければいけない。

 そうでなければ、彼らの気持ちに失礼だと。


 痛む足、震える身体を無理やりに動かし廊下を進む。

 突然犯人遭遇した時の事を考え、すぐに隠れることが出来るように、教室の壁沿いを慎重に歩いていく。

 経験したことのない圧倒的な恐怖が身体を襲い、全身から流れる汗がひどく冷たく感じる。


 倒れていた三人がはっきりと見える位置まできた。

 二人は俯せに重なるように、一人は仰向けで倒れている。

 僅かに見える表情、辺りに出来ている大量の血溜まりからも手遅れなのは明らかだった。


「うっ!うぅぅ――」


 反射的に胃の中のものが込み上げてくる。

 覚悟を決めて出てきたのに、これだけの距離を歩いただけで逃げ出したくてたまらない。

 いや、出来るならここから一歩も動きたくなかった。

 ただただ助けが来るのを待ちたい。

 テリーはどんな気持ちでここを通り抜けたのだろう?


 自分がそこに並んで倒れても不思議ではないこの状況で……。



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