第4話 それぞれ……
テリー・プライスは吐き気と戦いながら必死に走った。
吐くと二度と動けなくなるかもしれない恐怖が彼を追い詰めていた。
時折聞こえる銃声に怯えながらも、彼は引き返すことを躊躇しなかった。
廊下を進み、階段を下りる。
爆発の後の焦げくさい臭いに混ざり漂う死の臭い。倒れた人。原型をとどめず現実感を失った体。
いったい、この僅かな間に何人の命が失われたのだろう。
慎重にゆっくりと、しかし出来る限り速く。
テリーは目的地へと急いだ。
それほど遠くないはずの距離が果てしなく感じる。
マチルダがいるはずの校舎からも多くの生徒達が飛び出してきている。
嫌な胸騒ぎが止まらない。
つい最悪のケースを想像してしまう。
あの避難している生徒の中にマチルダがいるかもしれない。
すでに逃げ出しているか……それとも……。
それでもテリーは確認しなければならないと思った。
もし、まだ逃げ出さずにいたならどれほどの後悔をすることになるだろう。
とにかく医務室まで行って、いなければ自分も急いで脱出すればいい。
目的の校舎の入口からは煙が上がっている。
他にも何箇所か同じような状態だ。
テリーはその入口を目指した。
その行動を二階から見つめる視線。
その手に握られた銃は、校舎から飛び出したテリーに向けられていた。
マチルダ・スタンガースンは自分の教室に向かって走っていた。
真っすぐに中庭を走り抜け目的の校舎に飛び込み階段を上がる。
二階へ上がった正面の窓から中庭が見えた。
今まで自分がいた医務室のある校舎まで100メートル程はある広いスペース。
次々と飛び出してくる生徒達の中、その波に逆走していく人影が見えた。
マチルダは足を止めその人影に集中する。
──テリー!!
離れていても見間違うはずはない。
テリーは自分を助けるために医務室へ向かって走っているのだ。
自分はここにいる。
テリーに伝えなければいけない。
マチルダは窓を開け大声で叫ぼうとした。その時──
──パーン!!
銃声が聞こえ、テリーはその場に倒れた。
中庭に出た瞬間、アンソニー・ベンスンは銃声と共に親友のテリーが倒れるのが見えた。
反射的に再び今いた校舎へ飛び込んで身を隠した。
階段を下りてきたアンソニーの視界には走っていくテリーの姿が見え、痛む足を引きずりながら後を追おうとした矢先の出来事だった。
アンソニーの位置からはテリーがどこを撃たれたのかは見えない。
しかし銃声と同時に弾けるように転がったテリーが誰かに狙撃されたのは明らかだった。
校舎の陰からテリーの様子を伺う。
テリーは無事だろうか?当たり所によってはすでに助からないかもしれない……。どちらにしても急がなければならない。
しかし、アンソニーは動かなかった。
一体どこから、誰によって撃たれたのかが分かるまでは飛び出して行く訳にはいかない。自分まで撃たれてしまっては、テリーを助けることも叶わなくなる。
恐怖に怯える心がここにきて冷静な判断をアンソニーに与えていた。
すぐにでも飛び出したい気持ちを必死で押し殺し、ただテリーの無事を祈った。
テリーの頭が僅かに動いた。
そしてアンソニーの懸命の祈りが届いたかのようにテリーの身体がゆっくりと起き上がる。
アンソニーは心から安堵した。
少なくともテリーは生きている。怪我の程度はわからないが、立ち上がれるのなら今すぐ命に関わるような事はなさそうだ。
――パーン!!
再び銃声。
飛び出しかけたアンソニーは再度出鼻をくじかれた。
──テリーは!?
右足を引きずるように走るテリー。おそらくは銃撃によって足を撃たれていたのだろう。
だが彼は引き返す事なく目的の校舎へと消えて行った。
テリーは突然の激痛に一瞬何が起きたのか解らなかった。
視界がぐるりと回り、全身を地面に打ち付けた。
声にならない悲鳴を上げる。右足の太腿にまるで熱湯をかけられたような痛みが走っている。
反射的に両手で太ももを抑えると、ヌルッとした感触が手に伝わる。
そして先程とは比較にならない程の激痛が足から脊椎を抜け脳天まで突き抜けた。
あまりの痛みに呼吸が出来ない。体を動かそうとすると更なる激痛が襲ってくる。
そこでようやく自分は撃たれたのだと理解した。
──危険だ。
頭の奥で誰かが囁く。
このまま倒れていては再び撃たれるかもしれない。
そして次も命がある保障はどこにもない。
痛みに耐え、ゆっくりと呼吸をする。
せめて校舎の中へ。
遮蔽物があれば少なくとも無理に狙ってはこないだろう。
右足に体重を乗せないように慎重に、かつ、出来る限りの速さで身体を起こしていく。
軽く右足が地面に触れるだけで気を失いそうになる。
それでも前へ。
マチルダの安否を確かめるまでは進まなければいけない。
──パーン!!
銃声と同時に足元の芝生が弾けたが、テリーの意識はそのことに気付けるだけの余裕はなかった。
立ち上がったテリーに一瞬は安堵したマチルダだったが、それでもなお校舎へ向かおうとするテリーを見て、マチルダは再び階段を駆け降りた。
痛みで気が遠くなる。
呼吸が苦しい。
出血もかなり多いように思える。
自分の体にどれだけの血液があるのかは分からないが、このまま出血が続くようなら命に関わるのは間違いない事ぐらいは理解していた。
それでもテリーは少しずつ廊下を進んだ。
この先に目指す部屋がある。
──もう少しだ。
テリーは朦朧とし始めた意識を懸命に繋ぎ止め、感覚の薄れていく足を動かしていた。
マチルダは階段を下りて外に飛び出した。
そして再び元いた校舎へと向かって走る。
テリーは自分を捜しに医務室へ向かっている。
もうそれは疑いようのない事で、この危険な状況においてはあまりにも悲し過ぎる優しさだった。
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