お題:危機一髪 タイトル「苦い思い出」
マサムネ
「苦い思い出」
※実話に基づくフィクションと思っていただきたい。
これは、僕が大学一年か二年の頃、2000年か、2001年の話なんだが……。
僕は大学で地元を離れたので、アパートを借りて一人暮らしをしていた。
1Kの間取りで、六畳+テレビとかおける程度の板の間の部屋と、玄関までの廊下。廊下の両サイドには小さいキッチンと小さな浴室、玄関の横にはトイレがある。小さくてもいいからトイレと浴室が別の間取りがいいというのが自分の希望だった。小さなベランダもあって、そこが洗濯物干し場であり、洗濯機もおける。
さて、学生の新生活の中で面倒臭いことがある。
それは、新聞の勧誘である。
もともと見る習慣はなかったが、まだアパートにインターネットはなく、携帯もメールを使う程度であったため、新聞を取るべきだろうなと思いながらも基本的に勧誘は断っていた。
しかし、若かりし頃の自分は、来た人を無下に返すことに抵抗があり、少し話を聞いて、キリのいいところで断りを入れるようにしていた。
でも、それがよろしくなかった。
ある時に勧誘に来た新聞屋、年齢は四十歳くらいだろうか。
太っているというほどではないが肉付きの良い男性。
僕はある程度話を聞いて、「すいません、新聞はいいです」と断った。
そして、玄関を閉めようとすると、男は豹変し、足を入れそれを制止してきた。
「お前なめてんのか!! 時間取らせといて『いらないです』じゃねえんだよ! こっちは命かけてんだよ!!! 無駄に時間取らせて断るなんて、指一つ詰めるぐらいの覚悟はあるんだろうな!!!!」
過去のことだからはっきりとは覚えていないが、こんな感じのヤクザ染みた、脅迫染みたことを言われた気がする。
足も手も入れて玄関をこじ開けようとして、自分がどれだけ閉めようとしても力負けしてしまった。
「ちょっと待ってください!!」
「おう、待ったるわ!」
僕はどうするか考えようと、一度部屋の奥に引っ込んだ。
男は煙草を取り出すと、足を突っ込んで扉止めにしたまま一服しだした。
よくよく考えたら、本当にあり得ない奴だったなあと思う。
しかし、当時の僕はそれどころではない。
引っ込んだところで焦るばかりで、どうしようか解決策は思い浮かばなかった。
どうしてこうなった。
なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。
そんな思いばかりが浮かんできて、どうしようもない。
だから、腹は立つけど、悔しいけど、さっさとお引き取り願うために、一番短い契約をすることにした。
男が去って行ったあと、しばらく部屋の片隅で膝を抱えていた。
男は契約の特典に商品券やら、壁掛け時計やらを置いていったけれど、それらを使う気にならず、押し入れの奥にしまい込んだ。
確かに、男の言うことも一理あると、今では思う。
あの頃の自分はまだ未成年。社会のことも分かってはいなかった。
時は金なり。
新聞を取る気がないのなら、さっさと断った方が、新聞屋も次の客のところに行ける。まさに時間の無駄になってしまうわけだ。
無下に断るのが申し訳ないというのは、まさに社会を知らない甘ちゃんの考えだなあと思う。そういう意味では社会勉強であった。
もう、新聞は取らない。
新聞の勧誘は玄関も開けず、相手の顔も見ずに断ろう。
当時の僕はそう決心した。
後から考えると、例えば、奥に引っ込んだときに、こっそり110番したらどうなっていただろうか、その時は対処できたかもしれないが、相手に家を知られているので、後々嫌がらせをされても困る。ある意味、悔しさを飲み込んで、契約したのは正解であったのだろうと思う。
あともう一つ思うことがあった。
玄関からすぐに小さなキッチンがある。
あの時に、包丁が視界に入らなくて本当に良かった。
あの精神状態では、自分でも何をしでかすか分からなかった。下手したら、一生を棒に振っていたかもしれない。
そう思うと、本当に危機一髪の状況だったな。
お題:危機一髪 タイトル「苦い思い出」 マサムネ @masamune1982318
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