呪い
【B】
思い出した後だったから、急いで閉じた窓の隙間から追撃されたような感覚で、私の名前は入ってきた。
髪から、全身にかけて引っ張られるような恐怖が、私の神経を緩めた。
ごめんタカ。でも本当に怖いの。
子供の頃の感覚は、大人になると何倍にも膨れ上がっていた。
「こいつが、そう」
そう言いながら、タカは私の背中を優しく叩いてくれた。
真実の愛を受けている気がした。証拠に、こんな危機的な状況でも、私はため息をつくことができた。
「はぁ。やっぱりか。薄々気づいてたんだよね」
「ダグラスのこと、説得できそうか?」
「わかんない、それでゼブラが戻るなら」
私の頭の中はゼブラだけだった。
そこに恐怖が檻をかけるように、私の頭が無理だと叫ぶ。
その後は、ひたすら巨大化したハセガワに追いかけれる。そんな悪い想像をするが、背中が一回一回叩かれることで、全身が揺れて温められていく。
「ゼブラを助けたら、どこに行きたいんだっけ?」
「そんなこと考える暇なんてねぇって」
「うるさい。なあB、連れてってやるから」
私は初めて鼻を啜って、腕で涙を拭いた。
「海、海行きたいの。連れてってくれる?」
「ああ」
檻で助けを求める頭の中のゼブラが、砂のように消えていった。少し寂しくなってしまったが、頑張ればゼブラに会えるかもしれない。
正直、日常が戻るなんて思ってない。一緒に死ねるならそれでいい。まあ元々日常なんて無かったんだけど。
「行こう。死んだらごめんね」
「俺は死ぬつもりないからな」
「なぁ、俺のこと忘れてない?ダグラスの御曹司。キーマンキーマン」
「忘れてないよ、お兄ちゃん」
「お、おお、お、おにお、おお」
「よし行こう。その前にB、着替えてくれ」
クローゼットに案内されたので、とりあえず黒いタンクトップと、迷彩柄のカーゴパンツを履いた。
「なんで迷彩柄持ってんの?」
「俺がまだまともだった頃の自衛隊のズボンだ。ってお前、そのタンクトップ絶対いつか見えるぞ」
「見る方が悪いんだよ」
私はナイフをポケットにしまった後、タカに銃が無いか聴くと、テーブルの引き出しからピストルを投げてきた。
「ここには護身用しかない。戦うのは専門じゃないんだ」
そう言いながら渡してくれるなんて、本当に愛のあるやつだな。
と、思っていたのだが。
車の助手席に乗ろうとしたところ、キャリーケースが置いてあったのでどけようとしたら、機械仕掛けの中に札束が仕舞われてあった。
最初はへそくりと考えていたが、このキャリーケースの中にあるのがどうしても不自然だった。
調査員は金で動く。相手が誰であれ、情報を流す仕事なら誰にでもだ。
金は口止め料にもなっているが、もし、仕事受けている人の情報を貰いたいのであれば、仕事を貰った人よりも高い金額を出せば簡単に教える。
でもその時は、一度情報を奪われそうになっていると、本人に伝えなければならない。そして情報を奪おうとした相手よりも高い金額を出させる。そのインフレで、あいつらは組織を大きくしてきたんだ。
三束は入っていた。私の依頼料を軽く超えている。
しかし、確認がなかった。
つまり、別の情報。このタイミングで。
おそらく私かゼブラのこと。
なんだ。私の居場所?ゼブラの情報だったら何?あのこと?いや、知らないわけがない。
もしかして、連れてくるように言われた?
だとしたら、時が満ちたんだ。ゼブラが爆発しちゃう、急がなきゃ。
バタンと、運転席が開き、どさっとタカが座ってきた。
「さあ、行くぞ」
「うん。絶対助けるから」
「……ああ」
結局ここにも裏切り者がいるのか。
なんでタカが無料で協力しようとしてくれてるのか不思議だったけど、やっぱり愛なんかで動かないよな。あーキモい。
「いってぇ!うわーこの足絶対壊死するわ」
「色々終わったらお父さんに治してもらいなよ」
「まあ、これを気に仲直りできるかもしれないからな」
なんだかんだ一番ポジティブなのはコイツなのか。
ツンとしていた鼻が、だんだん収まってきた。私の濁り切っていた目も、晴れてきたような気がした。
車は布に隠れたままバックし、発信した瞬間、大きな布は後方へと飛ばされていった。
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