ただの仕事
【タカ】
ぶつくさと、Bは昔話をしてくれた。それはあまりに現実味が無く、わかりやすいほどに最悪な話だった。
「そこからは、永遠にみんなと修行をさせられた。仲良くなることは禁止されてたけど、私は執拗にSを追ったんだ。サンドラの名前を知ったのは、私が二十歳になってここに飛ばされた後。サンドラは頭がいいから、食いっぱぐれずに悠々と過ごしてたみたい。ほんっと、あいつ、頭おかしいよ。
「なんで名前を言っちゃいけないのかわからなかったが、そういうことなのか」
「んなことどうでも良いんだよ。私は私として生きれないってだけだ。ただ嫌なのが、そのシモに、私が恋してしまったこと」
「じゃあどうする?助けに行くか」
「行きたいよ、行きたいけど、無理だ。無駄死にをするだけだ。私も、そしてお前らも」
なぜこいつは俺のことを想って行動してしまってるのだろう。考え方が若返ってしまっているのか、暗殺者のかけらもない考え方だ。
いや、俺もか。俺も、金とコイツで天秤をかけていた。別に暗殺者なんてごまんといる。世の中金なんだ。裏切るつもりはない、俺は仕事をするだけだ。それでBを利用するだけだ。
スラムの子供達の笑い声が、外から聞こえてきた。
「なあBちゃん。俺はお前のことが好きなんだ」
怪我人が何か語り始めた。コイツも利用するか。
「こいつと違って、俺はお前のために死ねる」
「……」
「そして、そのハセガワとかいうやつは、俺の親父とよく話をしていた。俺に構ってくれずにな。多分、ダグラスは俺を見た瞬間、頭と体が止まるだろう。十年ぶりくらいの再会だからな」
「ほう」
と、俺は少し彼の作戦に興味を持ってしまった。
「そこで俺が言ってやるんだ。会いたかったよお父さん!あのハセガワドクターをやっつけて!ボン。めでたしめでたし」
「なんだボンって」
「しらねぇよ多分ダグラスがあのハゲを殺してくれるだろ」
持ってしまった俺がバカだった。頭まで怪我してしまってるのか。
Bの長話のせいで、タバコは全て炭になってしまっていた。一本出して、ライターで火をつけた。
ニコチンは頭を冷静にさせる。冷静になればなるほど、Bを助けてやらないとと、ロマンを求め始めてしまう。
こんな仕事をしてるのに、優柔不断になってしまっている。
五分、この部屋は沈黙していた。
「あーもうダメ!俺こういう空気大っ嫌い!」
「うるさい。こっちは考えてんだ」
「何を?」
沈黙を割ったバカを怒ったつもりだが、質問をしたのはBだった。
「何を考えてるの?殺す一択じゃないの?」
そうだ。こいつは俺がハセガワから依頼を受けているのを知らないんだ。
俺は口を滑らせてしまったのだと、今気がついた。
「ああそうだ、どうやって殺すのかをな」
「嘘だ。お前は葛藤している。選択肢があるはずだ。答えろ」
「無理だ!金をもらわない限り、横流しは御法度だ。助けに行った時だって、相手に質問されたら答えることだってできたんだぞ。俺が守ってきたから、闇討ちできたんだ」
「そればっかり……」
「おい!やめろ!」
ゆらゆらと立ち上がったBは、ナイフを持ってこっちに向かってきた。逃げる前に俺の椅子にまたがり、首裏にナイフを当てた。
こういう脅しは慣れているのを忘れてしまったのか?こいつは冷静じゃなくなってる。
「殺すなら殺せ。一人のために全て失うなんて、非合理的だが、まるで映画じゃないか。地獄で見せてくれよ」
「フッーフッー」
Bは頬を膨らましてタコの口をして、大きく息を吐いていた。ナイフが震えて少し痛い。
脳裏に、こいつに出来るわけないという気持ちもあったが、表では、責任逃れのために早く殺してくれと、脱力した感情があった。多分顔にも出ている。
彼女の目に涙が浮かんでいる。Bが少し刃を皮膚に押し込んだ。やるなら早くやれ。そんな決意の目をBに指すと、表面張力で張っていた涙が崩れ、ボロボロと出しながら、彼女は俺を抱きしめた。
「お願い、助けて……なんでもするから……ゼブラが救えれば何にも要らないから」
剥がそうとBの肩を持つと、柔らかい腕が俺の背中を絞めはじめた。
「ダメだ。ダメなんだ。悪いが、これが俺の仕事なんだ」
「うあぁぁぁぁあん!」
俺の耳元で絶望がこだまする。女の鳴き声はどうも心に響いてしまう。本能としての何かが抉られているような、そんな気がした。
「感動モードのところごめんだけどよ」
「なんだ」
「思い出したんだ。妹の名前。ブライアン。ブライアン・メイデューだ」
殴られるぞ!と言おうとしたが、俺を抱きしめたまま全身が震え、「はっ、ひっ、ふっ」と喘ぎ始めた。話しながら思い出したから、記憶が鮮明になってしまったのだろう。
俺の太ももに、生ぬるい湿り気が伝わった。
「そいつを探そう。そんで、そいつに説得させるんだ」
「……」
「こいつが、そう」
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