少女 ブライアン・メイデューの記憶 7
防護服のお兄さんが、ポケットから真っ白なカードを出して、扉の近くにある壁にカードを添えた。
「へーそんなのあったんだ」
「ピッて音がならないから、開かないと起動したか分からないんだよな。あれっ、開いてくれない」
何度かタッチすると、扉は急に開き始めた。
「ああ開いた開いた。あっ……」
私の脳内には、アニメで敵が出てきた時の音楽が響き始めた。
とにかく、横にも縦にもでかいハゲ。そんな病院の先生の服を着たおじさんが、私をこれでもかと見下していた。そしてその背後には、防護服を来て銃持っている人が、何人も待機していた。
「君がBかね」
「お、お疲れ様です。ドクターハセガワ」
「今まで見ていたよ。駄馬かと思ったが、実に切り替えが早かったな」
「どこから見ていたの?」
「ほお、私を怖がらないか」
「どこから見てたのって」
「そこかしこから」
適当に流されたので、私はこいつが最高に偉くて、最高にウザいということを理解した。
「さて、Bを担当してくれた君。君はルールを破った。つまりお役御免だ」
ガチャガチャガチャと彼に銃が向かれる音が聞こえる。そりゃそうか。
「まっ、待ってくれ!俺はまだ、ブライアンに言わなきゃいけないことがある!」
えっなんで、なんで、私の名前を。
「待って!話を聞かせて!」
「残念だが、ルールなんだ。やれ」
そういうハゲたおじさんの目は、冷え切っていて、まるでプラスチックのようだった。
「待て!待ってくれ!」
お兄さんは急いでマスクを脱ぎ始めたが、脱いでいる間にたくさんの弾が、彼に穴を開けた。
「あい、し、てい」
バタン。
マスクの中身は、私のお父さんだった。
防護服の時は声が変わってたんだ。だからわからなかったんだ。
お父さんだから、私が死なないように厳しくしてくれたんだ。
お父さんだから、私と一緒に花を見て優しくしてくれたんだ。
お父さんだから、私を助けてくれたんだ。
私の脳みそが、状況を理解しないようにノイズでいっぱいにする。それがうるさくて、耳を閉じて、私は大きな声で叫んだ。
「うわああああ!パパ!パパアアア!」
まだうるさい。まだまだうるさい。絶望がノイズを消そうとする。ダメだ。絶望に染まったら、私はとうとう人間じゃなくなる。人間として生きれなくなる。
「泣き終わったら話を始める。早く泣き止んでくれ」
この現実から逃れるために、私はひたすら泣き喚いた。私の理解が追いつかないように。私が、死なないように。
だけど、私の頭はとっても優れていた。スライドパズルのように、カチカチと考え方を変え始める。ダメだ。こいつを殺さなきゃ。
パパが腰に持っていたボールペンを取って、このハセガワとかいう奴を刺そうとした。
どう避けるかとか考えればよかった。感情で向かった先にあったのは、ただお腹を蹴られるという綺麗な反撃だった。
カチカチカチ。
うつ伏せで倒れた私の背中に、思い切り重りが乗せられた。それはハセガワの足だった。
「絶対ぶっ殺す!絶対絶対殺してやる!」
「そうだ。もっと殺意を増やすのだ。怖がれ」
私はまだコイツの手のひらの上なのか。
私は暴れた。だが、文字通り、コイツの足元にも及ばなかった。
意味ないのかも。パズルは、もうすぐ完成しようとしていた。
そしてノイズも、少しずつ取り払われて行く。だんだん、心地がよくなっていく。諦めと絶望。そして残る微細な殺意。しかし殺意は絶望に押しつぶされ、コイツを殺す気力は、薄れていってしまい、諦めは、疲れた私を、睡眠へと誘った。
起きると、ビカビカと光るモニターだらけの部屋に連れてこられていた。アイツを、アイツを殺さなきゃ。
大勢の大人が、パソコンをいっぱい動かしていた。その奥の、少し広い空間で、大きなモニターを見ているハセガワを見つけて、すぐに殺しに行こうとしたが、ずぅぅんと足が重くなってしまった。
私、怖いんだ。
アイツが、今まで、何人も人を殺させて、最後に親も殺させて。あいつに刃向かったら、私のせいでまた誰かが死ぬ。
足は重くなったまま、ピタッと、木のように立ち止まってしまった。
「やあ、B。君の名前はなんだったかな?」
「嫌だ、あれは痛いんだ。すっごく痛いんだ」
「痛いで済むと考えた方がいい。言わなきゃ殺す。と言ったら?」
絶望が、私の口を動かし始める。すぐに殺意でガチっと歯を閉めたが、吐き気が止まらない。血の味がしはじめて、絶望が歯を折ってでも押し出そうとしてくる。
「はっ、うっ、ブ、あっ、ブライアン、メイ、デュー」
全身に雷が落ちた。久しぶりの衝撃は、初めての時よりも強かった。
「あああああ!やだあああああ!」
体が弱っているんだ。全身を抑えるよりも、雷を放出するように体をうねらせて全身を床に叩きつけた。
はーっ、はーっ、はーっ。
「感じてくれた通り、君は自分の名前を言ったら死なずとも死んだ方がいいくらいの刺激を受ける。これから一生だ。君の名前は今日からB。分かったな?」
「は、はい」
私の口は、勝手に動いていた。
「よろしい。今回はBを決めるためのいわば選考会みたいなものだったのだよ。強く、それでいて順応が早く、メンタルが強いのに弱みがある。とても扱いやすい存在だ。君は二番目のB。つまり二十六人お仲間がいる。集まりなさい」
想像できなかった。私以外にも、私と同じ過ちを犯した人間がいるんだ。
ザッザッザッザッと足並みを揃えて列を作り、私はいつのまにか、その列の一員になっていた。
「これが最後の訓練だ。よく聞きなさい」
私はハセガワに操られるように、コイツの言葉に耳を傾けた。
モニターにいきなり、白髪の男の子が映し出された。なぜか、その男の子が、とても魅力的に見えた。みんなの顔を見ると、その整った顔に、みんなが魅了されていた。
「シモという男の子がいる。白髪の子だ。この子は、心臓に爆弾を抱えていてね、私が起爆するまで、生かしておいて欲しい。ただそれだけだ」
「どこにいるの?」
「わからない。君たちの国のどこかに隠れている。どうにか死なないようにしてくれ」
「でも、そんなの無茶じゃ」
「口答えするのか?」
私は思わず口を閉じてしまった。喉が締め付けて痛い。私の体の全ては、今は彼のものだった。
「今もどこかに隠れているだろうから、見つけたら私の指示があるまで隠してくれ。分かったな?」
「は、はい」
「よし。この言葉を誓え。シモ特別保護部隊三ヶ条を答えろ」
すると、列の全員が、ハセガワの方向を向き、
「一つ、私たちはシモ様のために生きなければならない。一つ、シモ様を捕えられた時は、直ちに取り返さなければならない。一つ、傷を負わせたものを、決して逃してはならない」
と、声を合わせて誓わせていた。
「B、この言葉を覚えたら、君はついに解放される。寝る場所と、仕事も与える。暗殺の仕事だ。仲間も用意する。私を待ちなさい。時は近い」
解放という言葉を聞いて、私は必死に口を動かした。約束を刷り込まし叩き込ませた。
喉は枯れ、表情筋は腫れ始めていた。覚えたと思った瞬間、シャットダウンするように精神が落ちて、気づいたら、私はボロボロの家で倒れていた。
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