少女 ブライアン・メイデューの記憶 6
ここに来て、十九日が経とうとしていた。
残ったのはたったの五人。
私の腹は、肋骨が見え始めていた。そして、植木鉢の植物には、白百合のような綺麗な花が咲いていた。百合にしては、花が垂れている。
朝ごはんは、人が減るたびにかなり豪華になっていった。
予算を減らさずに分配するなんて、首謀者は私たちを育てるのが得意なようだ。
チーズが一切れ、パンにはすでにガーリックソースが染みており、ハムも今日は特に分厚い。スープにもとろみがあり、中には鶏肉が入っていた。
「いつもありがとう。花が咲いたから、一つお裾分けしますね」
と、花を一つつまみ、トレーが出る扉に置いた。
「そうか。花が咲いたか」
まさか返答をしてくるとは。毎日食材をくれたので、不思議と私の敵意は無くなっていた。
「嬉しかった?じゃあ全部あげる」
そして全てつまみ、小さな花畑を彼に見せた。
「どうもありがとう」
防護服の彼は全て受け取り、そのまま立ち去ってしまった。
ガタン。
檻の音だ。まだ開始の時間じゃないのに。
「おい!こんなんじゃ足りねぇよ!もっとよこせ!」
「黙れ」
男の子の声だった。これで足りないとか、さすが男だな。食い意地が悪い。
「なんでパン一枚なんだよ!スープもまるでお湯じゃないか!」
カランカランと食器が床にぶつかるような音が聞こえた。私と全く食事が違う。まるで最初の私だ。
タァン。
銃声が響いた。なぜ彼だけ食事が違ったのだろう。人を殺した人数か?いや、それなら私はあのメガネ1人だけ。あとはみんなが勝手に死んだ。ふと私は、木と枝だけになった地味な植木鉢を見た。
いや、そんなわけ、それなら。
「出なさい」
防護服の彼が扉を開けた。私はゆっくりと檻を出た。
「出ろ。じゃないの?」
私の声に、彼は反応しなかった。今朝のはいったいなんだったのだろう。
いつもの部屋は少し変わっていた。十字架のような黒い柱が、向かい合うように四つ並べられていた。
「みなさん、今日が最後です。指定の場所に腕を通し、お待ちください」
私を含め四人が、まるでキリストのような状態になっていた。壁が遠く、少し怖さを感じた。
「なにこれ」「はりつけの刑とか?この前いっぱい殺しちゃったから」「ウケる」
皆はやけに冷静だった。白い床と白い壁の境目が見えず、無限にも感じる。毎日誰かに見られていたのだろうが、どこにもカメラのような物は見えず、それが分からないのは、まあまあ恐ろしかった。しかし慣れてしまっていた。私はもう、大体の怖さには慣れてしまっていた。
目の前に見える謎や不安、死の恐怖だって、正直言ってどうでもよかった。生きる楽しみといえば他人を困らせ、追い詰め、絶望した顔を楽しむことだけだった。この肯定された人殺しや隔離は、なんのためにやってるのかと一瞬考えたが、考えるだけ無駄だと思った。そもそも、自分の力で生きてしまっただけで、初日から生きようだなんて気持ちは失ってしまっていた。ただ、人を殺してでも身体が勝手に生きようとするのだ。
防護服の人に金具で腕と足を固定され、何もできない状態になってしまった。
「あ、お兄さん」
もう毎日会っていたから、おんなじ服装でも、身体の高さや雰囲気で、だれだか分かるものだな。
そしてそのお兄さんは、いろんな武器を腰に携えていた。
トンカチ、荒いナイフ、ハサミ、ライター、そしてボールペン。
「今回は、三人死ぬまで、耐えてもらいます」
耐える。じっとするのは苦手だ。
「絶対に、弱音を吐かないでください」
ファーーン。
肉の裂ける音が聞こえ始めた。私の視界は防護服にほとんど隠れていたが、皆、最初に腕を傷つけられていた。
お兄さんのガスマスク越しの荒い息遣いが聞こえる。
「やんないの?不公平じゃない?」
私の声にピクッと反応し、彼はハサミを取り出して、私の細い二の腕に突き刺した。
うっ。初めて刺されたけど、ちゃんと痛いんだな。絶望した顔なんてしてらんない。
ず、ず、ずずずと皮膚が開いていく。必死に抵抗する繊維が、痛みを加速させていく。
「ぁぁぁぁぁぁあああ!」
隣の男の子が、悲鳴をあげ始めた。ドンという音が聞こえたから、多分トンカチで叩かれたのだろう、その声を皮切りに、みんな悲鳴を出し始めた。
私は強い痛みを耐えながら、私は目の前のお兄さんに笑みを浮かべた。とっても痛い。だから、こうしたら、少し辞めてくれるかと思ったんだ。
人は、どんな嘘の愛でも、受け手からしたらわからないものだ。
皆、愛を受け取っているのではない。勝手に解釈して、勝手に自分の中に作っている。
だからこういうのは、上質な嘘でも本物だと思って伝わるものだ。
彼は、私の肌を裂くを一瞬止めた。息遣いが異常に強い。ガスマスクをつけているから分かりずらいが、走った後のような大きな呼吸をしている。私を傷つけるのが辛いんだ。じゃあ。
「ねぇ、お兄さん。辛いの?」
防護服のお兄さんは、ストンと、腕を落とした。
「うわあああ!もうやめて!」
隣にいた男の子が、とうとう弱音を吐いた。ならば辞めてやろうと言わんばかりに、担当していた大人が、ナイフを子供の心臓に突き刺した。
「あ、あああ」
腕中血だらけになってしまった男の子は、首をガクッと落とし、だんだんと血の気が引いていった。
「ねぇ!あの子はなんで刺されないの!不公平よ!」
左隣にいた女の子が、私に向かって物議を醸してきた。
「おいお前!何をやっている!」
「できない。俺にはできないよ」
防護服の二人は作業を辞めて、言い合いを始めた。
「フッー、フッー」
同じく十字架にかけられた女の子は、傷口を開くのを辞められて、ジワジワと、私と一緒に痛みを実感してきたらしい。彼女のドーパミンが薄れていっているのが目に見えて分かる。汗が垂れ、それが傷口に触り、大人は何もしていないのに、勝手に暴れ出した。
「痛い?痛いの?」
「いっ、たぐない!」
「黙れ!お前、こいつに何をした」
隣の大人はおんなじ服を着た防護服のお兄さんにナイフを向けていた。お兄さんは、ハサミを持って俯いている。そんな彼に、別の子を担当していた防護服の人は、罵りつづけていた。
「やめてあげなよ、私はただ、人として接していただけ」
「お前、こいつが怖くないのか?」
「怖いって?」
部屋は静まり返った。厳密には、子供が二人、悶え苦しむ音を残して。
「うあああああ!」
お兄さんのハサミが下から振り上げられ、相手の白い防護服はじんわり赤くなっていく。
作業をしていたもう一人が争いに気づいたのか、トンカチでお兄さんの頭を叩いた。
「うっ…あああああ!」
お兄さんは荒いナイフで首を刺して復讐を果たし、相手が首に気を逸らしている間にナイフを奪って、ハサミを抑えている彼の心臓に向かって突き刺した。
コォー。コォー。と、荒ぶる音が聞こえていた。
「凄いじゃん」
「逃げよう。こんな島、やっぱりおかしいんだ」
「お兄さん大丈夫?」
「ああ、大丈夫、大丈夫だ」
と言いながら私の金具を外して、私の頭をポンと撫でた。
あれ。目が熱い。
しかし私は、すぐに正気に戻った。
私はギラリと睨む死にかけの2人に向かって、小さく手を振った。
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