少女 ブライアン・メイデューの記憶 5

壁の向こうは、静かになってしまった。

復讐を果たした。しかしそれは寂しいものだった。興奮が、心臓に穴を開けたような、なぜか空っぽになってしまうような感覚。

埋めなきゃいけない。そう思った。

ただこんな世界で、どうやって埋めればいいのだろう。結論はすぐに、向こうからやってきた。

ガタン。

電気がついた。四日目、今日も列に並ぶ。

背中が涼しい。やっぱりもういないんだ。ちゃんと埋葬されたのかな。されるはずないか。

歩いている最中、一瞬、罪に苛まれた。

人を殺してはいけない。でも、私は殺してない。あいつが勝手に死んだんだ。この世界で、人を殺しちゃいけないなんて間違っている。

「今回は、殺しを許可します。各1人、殺し合いなさい」

ファーーン。

「え、どういうこと?」「え?え?え?」

列が綺麗に揃ったまま、動揺の音だけが三百六十度、床に転がり続けていた。

バタン。

人が倒れる音がした。見ると、血だらけのナイフを持った女の子が、口をパクパクさせていた。

「こ、殺しました。返してください!」

しかし、アナウンスは何も言わない。

みんなが一人ずつ殺すまで、この場所に居続けなければならないのか。

「返して!私を返しっ」

刺した子が、次は刺される側に回ってしまった。そりゃそうだ。一度人を殺した奴は、殺してない人からすると脅威だ。次に自分が殺される前に殺す。非常に合理的だ。というとことは。

「死ねぇー!」

そうだよね。男が、私に向かってナイフを突き刺してきた。避け続けると、ドンと、背中に隙間がなくなってしまった。こいつら、何も考えてないように見えて壁まで追い詰めたのか。

すると、嗅ぎつけたのか、六人の男達が、私を囲った。死ぬ。私の頭が、ゴキブリのように回転し始めた。どう生き残ろう。

「待ってよ。昨日の私、見てたでしょ?」

「見てたよ。俺はお前が怖いんだ」

「そんな奴らがこんなに集まって、情けない」

「うるさい!殺すぞ!」

「待って待って、私を一人が殺したとしてよ?他の子はどうするの?」

彼らはお互いを見合った。やっぱり、何にも考えていないようだ。

「お、おんなじことを繰り返すだけだ。こうやって集まって」

「喧嘩になる可能性もあるよね?死ぬ前に、俺が殺さなきゃ、殺さなきゃって」

「……」

「じゃあそんな時、どうすればいいと思う?」

「じ、順番を決める」

「そうだね、それはどうやって?」

「俺が最初だ。そんでこの順番で……」

と彼は自分から左隣りに指を指していった。

「は?!なんで俺が最後なんだよ!」

彼らは今まで勝ち組だったのだろう。負け組をいじめていたから、お互いの力を知らない状態だ。そしてその傲慢は摩擦を産み、私を無視して、喧嘩が始まった。

愚かしい。けど、これがこの世界の真髄だ。結局はなにも変わらない。イヒヒ、やっぱり、人は殺すか殺されるかだ。もみくちゃになりながら、一人一人と死んで行き、結局、最初だとか言っていた奴が、最後に残った。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

「おめでとう。生き残ったね」

「よし、俺だ、俺が殺すんだ」

「でも、私見てたけど、あなたが二人殺したんだよ?もう私を殺す必要ないじゃん」

そう言いながら粘っていると、床に目が行った。黒い人型。影だ。後ろから、影が近づいている。

「でも、俺が背中を向けたら、次はお前が俺を殺すだろ」

「殺さないよー。私こんな強い人と戦えない。許して?ね?」

と、私なりに可愛くおねだりをしてみる。手を合わせて、首をちょっと曲げて。あと一歩、あともう一歩。

「馬鹿にしやがって……ぶっ殺し!」

カランカランカランと、ナイフが落ちる音がした。威勢の良かった彼は、私の前に倒れ、メガネをかけた男の子が現れた。彼は唇を震わせながら、目を丸くし、輝かせていた。

「やった、やったやったやった。殺した!殺してやった!」

「よかったね」

「ありがとう!毎日毎日コイツに半殺しにされてたんだ。僕の勝ちだ!謝れ!僕に、謝れ!」

犬のような顔をした彼は歯を剥き出しにして、彼の股間を蹴り続けていた。歩いている時に会った可愛いトイプードルが、怖い顔をして威嚇しているような、少し違和感のある意外な顔をしていた。

私は、彼を壁に寄りかかりながら見守っていた。刺された男は、最初こそ喘ぎ声が聞こえていたが、声がしなくなり、股間はじんわりと赤くなり始めた。

「彼、もう死んだよ」

「こいつが死んでも、僕の恨みは無くならないよ!」

「そっか」

死=許された。ということではないのがよく分かる。メガネの彼は見えていないのだろうが、後ろの子達はとっくに争いを辞めていた。

みんな殺し終えたのだろう。死体がゴロゴロと転がっている。

「もう、やめてあげたら?」

「嫌だね!苦しめ!もっと苦しめよ!オラ!」

「はあ。じゃあ私は行くから」

そう言って通り過ぎ、ついでに空いている背中に一刺し、私のナイフを突き刺した。

「え……?え?」

「やるならでやって。もう充分」

私はナイフを引き抜き、もう一度、彼に刺した。

引き抜いて、刺した。

引き抜いて刺して引き抜いて刺して。

彼が血だらけになって倒れるまで、私はメガネの彼を刺し続けた。

倒れそうになっても、首を締めて持ち上げ、次は腹に刺していく。

すると、ポロポロと何か緑色の光が落っこちてきた。

なんだろう。確実に死んだ彼を投げるように落とし、小さい光を掴み上げる。

へんなの。すると、緑色の光がフェイドアウトするように消えてしまった。彼の生命力なのだろうか。

ファーーン。

「二十人、死亡しました。今回は、許可された殺人です。皆、お疲れ様でした」

もう一度列に並ぶ。といっても、隙間だらけの列は、揃っているとは会えなかった。

その中に、防護服の二人に担がれながら並んでいる死体がいた。

生きてたんだ、あいつ。なかなか終わらないと思っていたが、メガネのあの子はまだ人を殺せていなかったんだ。ただ、あんなようじゃ今日の夜にでも死ぬだろう。

部屋に戻ると、食事が入ったトレーが部屋の中に置いてあった。いつものやつに加えて、ハムにバター。なぜか今日は少し豪華になっていた。そしてすでに、水も三杯置いてあった。

一杯は飲み、二杯は植木鉢に与えた。

食事の前に、手を合わせる。

「いただきます」

植物には蕾がついていて、雫が逆から垂れているような鋭利な蕾だった。

この花が咲く頃には、私の考え方も固まるのだろう。そう遠くない未来な気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る