少女 ブライアン・メイデューの記憶 4
檻が開かれた瞬間、私はスッと部屋を出た。防護服の人が一瞬動揺したのが、布の擦れる音で分かる。耳が研ぎ澄まされている。私の体が野生的な方向へ順応しようとしているのだろうか。
「うう、うああああ!」
ガシャン。
すぐ後ろで、誰かが檻にぶつかる音がした。声で、昨日私が虐めた金髪の子だと分かった。
「痛いっ!ごめんなさい、ごめんなさい」
小さく息を荒げている。私を見た瞬間に腹が煮えくり返り、逆上してしまったのだろう。私はあえて、振り向くことはしなかった。
三日目にして、私は勝ち組になった。相手の動きが手に取るように分かる。というより、この子の動きが単調。大人気なく、いとも簡単に避け続け、突き刺そうしてきたところで、クルッと回って襟を掴むと、彼女は焦ったのか持っていたナイフをこちらに投げてきた。しかしそれは明後日の方向へ行き、私の目を見た瞬間に顔は恐怖に染まり、私の手首を掴んで逃げようとし始めた。
「破けちゃうよー?恥ずかしいよー?」
私はいつのまにこんなこと言えるようになってしまったのだろう。でも、これが私だ。彼女の小さい背中がとても弱々しく見える。抑制して生きてきたぶん、この在り方が正しいと、そう感じた。
襟を引っ張り、彼女を転ばせた後、今日はこの子のお腹に乗り、この子の頬をビンタし続けた。
「やめて!お願い!やめっ……」
いたずらに、そしてひたすらに、あのトランペットの音が鳴るまで、私は大いに笑いながら、彼女の頬を痛めつけた。
「イヒヒヒヒ、イヒヒヒヒヒヒ」
でも、今日は鳴るのが遅い。昨日が早すぎたのか。彼女の濁った青い目は、光を無くして暗くなっていた。最初は泣いて抵抗していたのに。つまらない。
しかし途端、超音波を出すように、奇声が目の前から襲ってきた。高音が部屋中に響き渡り、周りの肉と肉がぶつかり合う音がスッと止んだ。
「誰か!こいつを殺して!」
「何言ってるの。私を殺したら、その人も死んじゃう」
「うるさい!この!悪魔!」
悪魔。その言葉を聞いて納得してしまった。乾いた翼など生えてはいないが、私の言葉は呪いのように鋭くなっていた。なろう。悪魔に。この子のために。
「じゃああなたが自分で死ぬってのはどう?」
久しぶりに腹から声を出した気がする。私は分かっていた。私だけじゃない。みんな悪魔なんだ。私の提案がみんなの耳から脳へと感染していくのが分かる。だってみんなの目が笑い始めたから。
「そうだ」「お前が死ねばいい」「死ねよ!」
私は自分が持っていたナイフを、彼女の両手に手渡した。一度離れ、この子の経過を伺おうとした。
予想通り、手ぶらの私を襲ってきた。周りの子たちは囲い始め、今日だけの決闘場と化していた。
「死ーね。死ーね。死ーね」
私は避けながら、テンポよく手を叩き、コールを促す。みんなはどっちが死んだっていい。だから私のあの子、二人に向かってコールをしている。でも、今その呪いの言葉を聞いているのは、後にも先にもツインテールが一つ欠けた、この子一人だった。
だって、切れている耳を必死に抑えてながら攻撃してきたから。そんなんじゃ軸がブレる。私にはつくづく才能があるなあと思った。
彼女のありきたりな行動に、私はあくびをしながら足をかけた。彼女は思いっきりすっ転び、ナイフが滑っていく。目の前にいる悪魔たちにゲラゲラと笑われていた。
私がナイフを拾い上げ、
「イヒヒ、ほら、起きて。頑張ってよ」
と言いながら立ち上がらせて、もう一度彼女にナイフを握らせた。
顔はもう赤や透明の液体まみれで、一昨日まで可愛かったあの顔は、どこにもいなくなっていた。私は肩を持ち、
「頑張れっ!」
の勢いで悪魔たちの元へと飛ばした。
「うわっ!こっちくんなブス!」
そのまま弾かれ、彼女はまた倒れ込んでしまった。ナイフはどうしても、彼女のそばから離れてしまう。手に力が無くなっているんだ。
「がんばれー」
この間にも、死ね死ねコールは鳴り止まない。
「もうやだ……」
来た。私は人差し指を唇に当て、みんなに黙るように指示した。
「なんて?」
「もう、やめてください……私を、殺してください」
「イヒヒヒヒヒ、やだよー、私死にたくないもん」
「私はもう死にたい。ここから早く解放されたい」
「死にたいなら勝手に死ねば良いじゃん」
死ね死ねコールが再度始まった。
「やめて!やめろ!やめろぉ!」
彼女は耳を手で閉じて、赤ちゃんのように体を屈ませた。
私はもう一回、彼女のナイフを拾い、彼女を優しく持ち上げ、正座をさせて、首の皮一枚のこの子に、天使のようなハグをした。
「あなたは天国にいくべきだわ。ここは地獄。さっさと離れましょ」
そう耳打ちした後、彼女のナイフを、もう一度、両手に握らせた。
「ハーッ、ハーッ」
「もうすぐだよ、がんばれ」
私は離れて、人間の囲いの一部となった。
そして、テンポよく叫ばれていた死ねというコールの間。
ザクッ。
歓声があがった。
「あ、そういえば」
と言って駆け寄り、
「あなたの名前、最後に教えてよ」
と仕返しをした。
「私はB。あなたも、みんなも」
刺された場所から血が垂れ、彼女はそのまま私に向かって、土下座をするように倒れてしまった。
金髪の無機物は、最後、笑っていた。私にとって、驚愕の言葉を残して。今だけは、さっきまで団結していた空間は、私だけが孤立して、時間が止まっていた。
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