お通夜ムード
【タカ】
依頼料が入金されないので、取り立てようとBの家にきたが、どうやらそれどころじゃないようだ。
大柄の死体の前で膝をついているBが壊れた家の中で座り込み、重力に抵抗しないぬいぐるみのような状態になっていた。
あらかた、察しはつく。轍が、一度車を思いっきりぶつけた後、バックしてすぐに車道に戻った跡を作っている。
確認すると、男の死体には目立った死斑があった。約二時間前と言ったところか。
置物になっているBの肩を触れた瞬間、ハエのように手で振り払われ、苛立つも目の前にある悲惨な状態が俺の気持ちを濾過してしまった。
まだ、ひと気はない。
「いつしか警察が来る、車に乗れ。匿ってやる」
すると、ゆっくりと動き出したBは、灰にまみれたようなクマのぬいぐるみを拾い上げて、ゆっくりと、助手席に乗った。
車のドアを閉めた途端、「おい!おい!」右足を引きずって、いかにも不審者のような男が近づいてくる。無視して俺も車に乗りエンジンをかけると、必死に焦る姿を見て、理由だけ聞こうと窓を開けた。
「なんだ?」
「俺も連れて行け」
「なんでだ」
「俺は、ダグラスの息子だそ」
脅しの言葉は大体無視するが、この発言だけは見逃せない。
「なんでそんなことが言える」
「メイドだよ。俺はあの制服の奴らに従事してもらってたんだ」
「証拠は?」
「証拠だぁ?頭の硬いやつめ。とりあえず乗せろ。俺も復讐したいんだ」
「タカ、こいつも乗せて」
Bは急に喋り始めて思わず後ろを体ごと向いたが、Bは死んだ目をしたまま、まるで自分は喋っていないと言わんばかりに、石像のように固まっていた。この目の周りが黒い男の言っていることが本当だとしたら、Bはとんでもないやつを捕まえている。だったらこいつを取引にかければすぐ済んだ話だろうに。
「ねえ、昨日のところに向かって」ボソボソと、Bが喉の力を最小限に使って喋り出した。チラッと見ると、目線は落ち、ただぬいぐるみを弱く握っていた。
「無理だ。今の状態で行けるわけないだろう」
「じゃあゼブラが死んだっていいと思ってるんだ」
まだ、八つ当たりできているだけいいのだろうか。俺はとりあえず、仮拠点に向かって車を走らせた。はあ、俺の拠点も壊されるのかな。
車内は、究極にお通夜ムードだった。死体のようなBと死体になりそうなダグラスの息子を抱えて、車を走らせる。空は、空気を読めずにスッキリと晴れていた。
一時間ほどして、スラム街の真ん中あたりに位置する、周りと同じようにボロボロに見せた小屋についた。本当に気まずかった。
とりあえず二人を下ろして小屋の中に入れさせ、俺は車を見えなよいうなところに隠し、布を被せた。
外はボロボロに見えるが、小屋の中は俺なりにリフォームして、ある程度住みやすくなっている。情報を集めるためだけの場所なので、いつ襲われてもいい。襲われたくはないが。
「んで、何があった?」
「ゼブラが死んだ」
Bはほとんど空っぽの状態だ。当てにならない。とりあえず、ボロボロの坊ちゃんに聞いてみることにした。
最初は、ドラ息子のこいつの膝を鈍器で叩くほど元気だったらしい。また縄で縛られようとした瞬間、アパートが壊れて、逃げれると思って階段を降りたら、拷問していた男を死んだ状態で見つけたとのこと。証言では、ダグラスのメイドがゼブラを奪っていったということで間違いなさそうだ。
「でもお前がダグラスの息子だという信用がないんだよ。見た目も社長の息子とは思えない」
「信用なんて親父からももらってないさ、嫌だねえ、学歴主義というやつは。ところでお前、どこ大?」
「多少名のある大学に通っていたが、この仕事のために全て消したよ。学歴だけで言ったら、俺はそこら辺にいるスラムのガキと何も変わらない」
男は、足を組み直し貧乏ゆすりを始める。俺も目にみえるストレスを緩和するために、タバコに一本、火をつけた。
「全て?その仕事のために、全て無くしたというのか?友達は?家族は?」
「ああ、全部だ。大体は家族なんていない奴が大半だが、俺は縁を切って、この仕事を選んだ。まあ家族に恵まれていたら、こんな仕事やってないよ」
「ほおん。みんな同じってことだな」
こんなやさぐれた見た目をしている男から、的を得た言葉を聞いてしまい、タバコを吸いながら硬直してしまった。もちろん咽せた。
しばらく、無言が続いた。唯一の救いが、皆無言に耐えられる奴らだったということだ。
ハセガワの「爆発すると伝えろ」という声がフラッシュバックする。
カップホルダーにブッ刺したのは、閉じこもって生活していれば、数ヶ月は困らないような大金だった。
もし本当にあの白髪の男の子が爆発するのなら、規模はどれくらいだろうか。こうやって必死に奪い合うような代物だ。相当なものなのだろう。しかしあの体に入れるとしたら、大規模な爆発は期待できない。
そういえば。
「なあ、B、ドクターハセガワのことは覚えているか?」
「うん」
「どんな奴か覚えているか?」
「マッドサイエンティスト」
話にならん。俺は立ち上がり、一度Bの顔を引っ叩いた。
「お前の大事な人なんだろ?!あいつが死ぬかもしれなんだぞ!」
「……や」
「あ?!死んでも良いのか!」
「やだよ!」
「じゃあどうする!」
「助けるよ、で、でも」
でもなんだ。と言いたかったが、Bの目は恐怖に揺れていた。何か地獄を思い出しているような、そんな悲惨な目をしていた。
「相手、は、ハセガワだ。サンドラみたいな、対戦でわからせられるようなやつじゃない」
「あの人間は、お前にとってのなんなんだ」
「あいつは人間なんかじゃない。あいつのせいだ。全部あいつのせいなんだ」
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