揺れる燈

【サンドラ】


ランの勢い任せに特攻したが、正解だった。一人よくわからない男を殺してしまったが、成功と言っていいだろう。

ゼブラ様は連れ去る瞬間に銃を触らせ、身動きを取れないようにした。そのままオープンカーに乗り上げさせたのだ。今は私のお膝元に座って、銃に夢中になっている。

「やりましたね」

真っ直ぐ前を見ながら運転するランの、達成感に満ちた低い声が少し恐ろしく感じた。もう、彼女は当面、目的が達成するまでこの面持ちなのだろう。

見える車を全て追い抜いていき、座ったままでも感じられる風が早くて怖かった。

「ただ相手はBです。また襲ってくるかも」

私は不意にBに対して不安になってしまう。こんな気持ちになるのはBだけだ。私は動かないシモ様をぎゅっと抱き寄せた。

「では次は、襲う前に後ろから殺してしまいましょう。あのデカブツさえいなければ、とっくに死んでいたんですから」

ランの狂気に満ちた目が想像できる。でも今必要なのは、有能でやる気のあるヤツだ。ランがどんな状態であれ、今はゼブラ様を取り戻せたことを喜ぼう。

ゼブラ様も、銃の感触をじっくりと味わっていた。リボルバーを引いて、指をかけ、引き金を引いた。

その銃口は、ランに向けられていた。

空砲が鳴って、ゼブラ様の髪の毛は飛び上がり、途端に汗がブワッと溢れ出し、私の顔を確認した。

「演技、お上手ですね。咄嗟のアドリブでそこまでできるとは」

「ごめん、ごめん、違う」

私はスタンガンをゼブラ様に当て、膝の上で眠らせた。

ゼブラ様の頭を撫でながら、センター長に電話をかけた。

「シモ様を確保しました。Bは殺し損ねましたが」

『一度連れて帰りなさい。そしたら次の依頼を出す。ランの調子はどうかね?』

「ええ、ハセガワ様のおかげで、ドーパミンがいつもより多く出ていると思います」

『ははははははは』という高笑いが聞こえた後、電話が切れた。

危なっかしい走行で、事故に合うんじゃないかと多少不安に思いながら、私たちはダグラス社へと戻った。オープンカーは、オーバーヒートを起こす寸前だった。

「さ、Bを殺しに行きましょう」

「もう少しで行きますから、そこで待っていてください」

ランの目を今初めて見たが、白い場所が真っ赤になってしまっていた。心が痛む。

心臓あたりの服を握りしめながら、研究室にゼブラ様を抱えて戻ると、研究員達から拍手喝采で迎えてくれた。起きてしまわないように私はジブラ様の頭を抱きしめた。

そのままミーティング室にいくと、その喝采がドアを閉じた瞬間、ぷつりと止んでしまった。防音室なのはわかっているが、ここまで気を立てられた後に静まると、まるで別世界に来てしまったかのような、いや、私の想像は正しいか。研究室とミーティング室は同じようで全く違う空間だ。今からそうなる。

すぐ、センター長が入ってきて、ゼブラ様をビンタで起こし、銃を取り上げた。すると飛び起き、扉を見つけるや否や逃げようとしたが、私が足でつまずかせた。

「やあゼブラくん。お久しぶりだね。ちょっと聞きたいことがあって。サンドラ、ドアを封じなさい」

「い、嫌だ」

ドアの前に立った私に、ゼブラ様が私に抱きついて、「家に帰して」と泣きじゃくっていたが、私は心を押し殺し、無言を貫いた。

「少し聞いたら、帰ってもいいから」

「な、何……?」

「君は、なんでここにいるか知っているかね」

「知らないよ!この人変だよ!返してよ!ねえ、サンドラ!サンドラ!」

ダメです。ゼブラ様、少しの辛抱ですから。

「君はな、特別な存在なんだよ」

嫌な予感。それは、私が幼少期、ハセガワ様に拾われて、不自然な笑顔を見せられた時からずっと感じていたしこりのようなものだった。燈のように、私の中に、小さく小さく灯っていたものが、一瞬、揺らいだ気がした。

私は無意識にゼブラ様から奪った銃を、ハセガワに向けた。予感は的中しているのかもしれない。しかし、ハセガワは、全く動じていなかった。

「サンドラ。君は私が育てた中で最も完璧だった。だが、完璧すぎるというのも、難があるものだな」

扉が突然開き、研究員たちが私を無理やり連れて行こうとし始めた。

もちろん私は抵抗した。研究室を広く広く使って。目に見える人全員が敵だった。器材が割れる音が幾度となくしたが、私が一人の女性を人質した瞬間、私は、その女性に針を打たれた。周りが急にボケて見え始めた。麻酔針か。

ゼブラ様がこっちにやってくる。私は一瞬だけ、ゼブラ様の温もりを、感じられた気がした。

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