ヒロインの隠し事
【シモ】
手がジンジンと痛む。そこから焼けて無くなりそうな、手の中から死を連想させるような、激しい痛みで起きてしまった。俺の肌が俺を修復しようと血を動かしているが、その血はあっけなく傷口から漏れ出てしまっていた。
腕を伸ばして、傷を刺激しないように自分の軸から離して寝返りをうつ。布団が硬い。こんなの、ほぼ床じゃないか。
Bは相変わらずテレビを見ながらビールを飲んでいた。変わったことがあるとするならば、絆創膏やら包帯やらを身体中にまきつけていた。
彼女は俺に気づくや否や、ニヤニヤしながら四つん這いで近づいてきた。
「おはようゼブラ、よく眠れた?」
そのまま俺にキスをしてから座り直し、俺をただただ見つめる時間に入った。
「なんで、そんな傷だらけなの?」
「え、覚えてないの?」
頑張って思い出そうとしたが、脳が停止して考えることを拒絶をしている。ズキンと頭が痛くなり、動くほうの手で頭を抑えた。その衝撃で思い出したのは、銃を撃った時の感覚だけだった。
「私が、囚われてたゼブラを助けたんだよ。私はお前のヒロインってわけ。感謝してよね」
助けてもらったのはいいが、この部屋は昨日よりも格段に環境が悪い。
こっちの壁は前までは白いと感じていたが、薄汚いというのが、初めてちゃんと実感できた。
俺はガンガンする頭を徐々に慣らしながら、ゆっくりとようやく立ち上がり、テーブルのそばに座った。
皿の上には、焦げたパンが一枚、置いてあった。
手に取ろうと無意識に両腕を動かそうとすると、右手が酷い悲鳴を上げる。これがすぐに腕に電波して、細い針が腕を通ったような痛みを受けた。それが肩を通り過ぎて首に刺さらないように、俺は素早く右腕を押さえた。
片手でいい、片手で良いんだ。
左手でパンを掴み口に運んだが、昨日の朝食べたパンとの違和感と焦げで、全く味を感じなかった。舌がこれを食べ物だと判別していない。
「おいしくない」
「は?こりゃ甘やかされすぎたな」
Bが犬歯を見せて右目を尖らせる。叩かれると思ったが、彼女の顔はすぐに戻りテレビをまた見始めた。Bも、俺に甘くなったな。
助けてくれた久しぶりのヒロインの横顔を見つめる。不思議なことに、Bはビールをがぶ飲みせず、無くならないように啜っていた。
「そういえばさ、その服装なんなの?かっこいいからいいけど」
と、テレビを見たまま、俺に質問してきた。Bとの世間話はいまだに慣れない。
「え、ああ、確か、メイドさん達に着させてもらったんだよ。ダグラスの息子のとか言ってた」
「息子ねえ……あ、そういえば」
と急にビールをコンとテーブルに叩きつけた。
うっ。体が自然と音を避けようとして、それがまた右腕に激痛を呼んだ。
Bは足早で玄関に急ぎ、扉を開けると、
「ちょっと外出るけど、絶対にお前は出ちゃいけないからね。両腕使えなくなるよ」
と肩を抑える俺に、笑えないジョークを言った後、Bは女の子のように手を振った。
今日は彼女に手を振れる。日常が戻ってきたんだと、ここでやっと自覚したが、いつも振っていた右手は包帯に巻かれていたので、戸惑いつつ左手で振り返した。
パタンと、Bのくせに扉を優しく閉めた後、俺はやけに久しぶりに感じるBの家を、懐かしみながら歩いてみた。俺が綺麗にしたキッチン。数日開けただけなのに、Bのせいで少し汚れている。そういえば、コーヒーまだ買ってなかったな。
洗面所の鏡はここを出る前は何も感じていなかったが、昔の焼けた写真がそのまま投影されたかのように錆びていた。俺は鏡に映った、アイツに襲われた時の蒼白な表情を思い出す。今に比べりゃ、あの時は傷もつかなかったし、軽い思い出だった。
Bの部屋は、相変わらずのゴミ屋敷だった。山や谷、街並みが形勢されていて、一つの世界と言っても過言ではない。ただ、掛け布団が隠れていたゴミの山は、あの時から変わっていなかった。
Bがいなくなったこといいことに、俺が崩したゴミの山を片付け始めた。布団を出した時は、周りのゴミを片付けるのに精一杯で、見向きもしていなかったからだ。
ふと思う。俺はBを舐め始めている。
絶対触るなと怒られるが、こうでもしなきゃ家が片付かないという言い訳を考えつつ、ゴミを漁った。
表面は周りにあるようなティッシュやチラシ、ペットボトルやビール缶があったが捨てていくと、中に埋まっていたのはBが持っているとは考えられないものばかりだった。
まるで、子供の玩具箱だ。
謎のステッキや、怪獣のフィギュア、お人形や、ぬいぐるみまで、それらは汚いというよりも、使い古されたような、子供の頃につけたような汚れが目立っていた。
その奥まで掘り出すと、そこには、写真が隠されてあった。
子供の頃のBと、母親の写真だろうか。名残があるものの、今のBには映らない、満面の笑みだった。
なぜ見えなくなるまで隠していたのか。
もしかして、この部屋にあるゴミの塊って、全部……?
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