存在理由

【サンドラ】

冷たい床を最初に感じた。争った後がしっかりと残っているが、聞こえるのは静寂そのものだった。

血の味を飲み込んで、私はゆっくりと立ち上がった。

ゼブラ様がいない。はぁ、また負けた。

とうとう、Bは私を殺さなかった。お互いに、同じ思いで対峙していたのか。昔のBと何も変わっていなくて、ふふと笑ってしまった。

しかし、シモ様が奪われた。……急がなければ。

メイド服をぱっぱっと払って、歩きながら空いた穴を少し開いて見ると、プロテクトスーツに少しだけ傷がついていた。次は勝てる。

リンを担ぎあげて少し横にずらし、両手を胸に重ね置いた。私はボタンを押し、エレベータを呼んだ。

エレベーターの中はリンの血でまみれていて、銃が一丁、置いてあった。

中は空っぽ。もし弾数が一発でも残っていたとしたら、Bは私にぶっ放しただろうか。

多分、しなかっただろう。

ダグラス様に報告をするために、エレベーターの十階のボタンを押した。

ガタン。

Bは、私が銃を持っていたとしても、何かしら理由をつけて、銃を捨てさせてたのだろう。そして、私はそれに応じただろう。Bは私のことをよく知ってるから、私が感化されるようなことを言って、近距離戦に持ち込んだはずだ。

卑怯なやつめ。自分の生存率を上げるためだったらなんでもする。

涼しい空間で、私は汗をかいていた。焦っているのだろうか、体感したことのない汗に、私は呼吸を整える。まだ大丈夫、な、はずだ。

フォン。エレベーターが開くと、大勢の部隊や部下の中、ダグラス様が四つん這いで泣き喚いていた。みっともない。

「いかがされましたか?」

しゃがんで、顔がぐちゃぐちゃのダグラス様に目を合わせた。

「お前今、どこから出てきた?」

「地下からですけど。というかなんですかこの部隊の数は」

「お前が、Bに負けたのか」

「まあ、はい。負けました」

顔面全てで、信じられないと語っている。私はダグラス様の手をとり立ち上がらせたが、逆の手で、急に私をビンタしようとしてきた。手で受け止めて、ダグラスに睨みを効かせた。

「なんのおつもりですか?」

「お前が!負けなければ!シモは!奪われずに!済んだ!」

ダグラス様は相当お怒りらしい。こいつ、私の意見を聞かないつもりだな。

「脳天を撃てば終わったことだろう!」

「Bはそういう相手じゃないんです。多分、撃っても立ち向かってきてました」

「お前は、ゼブラを奪われてもよかったと言うのか……」

「言ってませんよ。私たちにはゼブラ様を奪い返す理由があります。急ぎましょう」

こんな情けないボスを相手にするより、私はセンター長に確認したいことがあったので、ダグラス様の手を振り解き、固まっている人間に通すように手で払い、研究室の方向へと向かった。

「俺は、どうすればいい」

ダグラスが、私を止めるように空っぽの言葉を発してきた。

「ダグラス様は、そんなことを言うような人間になってしまったのですか?」

ダグラス様に気を奮ってもらわないと何も動かない。しかし、そこまで構ってもやれない。

あの人にはまだランがいる。Bは意味のない殺しはしないはずだから。

研究所に入ると、研究者たちが黙々と謎の作業を続けていた。

「お疲れ様です。ハセガワセンター長はいらっしゃいますか?」

「はいはーい。センター長〜」

と緩い掛け声で、ミーティング室から、目を座らせているセンター長が出てきた。

「ああ、君かね、何の用だ」

「シモ様が、Bに奪われてしまいました」

周りの研究者たちが、動揺が私を中心に波のように広がり、いつの間にか、部屋の中はひそひそ声でみたされてしまった。しかし、センター長だけは目を座らせたまま手招きをし、ミーティング室に私を誘導した。

彼は椅子にどっしりと座ると、ガラスを見ながら、椅子を指して私に座るように促した。

「知っていたんですか?」

「ダグラスの泣きじゃくる声が聞こえたんだ。大体察せたよ」

センター長は体ごとそっぽを向き、ガラス越しに焦っている研究者達を、冷静に眺めていた。

おかしい。ここにずっといたとするならば、機械音で聞こえづらいだろうし、ガラスの壁もある。そして、エレベーターからここは間反対に位置している。聞こえないはずだ。

「ここまできて嘘はやめてください。聞こえたなら、ダグラス様のおそばにいましたね?」

センター長の座っていた目が、やっと少し開き、動かずに目だけを動かし、私の顔を見て、またガラスを見つめ始めた。

「知っていた。なんなら、君がBと対峙する前から知っていた。私がダグラスに同情して、肩に手を置くような人間に見えるのかね?私との関係が一番長いのは君だろう」

「ええ、そうですね。では、Bは今どこに?」

「知らん。知らんが、情報はそのうちあちらの方からやってくるさ」

センター長は、不自然に冷静だった。彼にはどこまで未来が見えているのか、私は何日先まで追い越さないといけないのか。

「何か、計画があるんですか?」

「家宝は寝て待て。ということさ」

「無理です。もしかしたらBは明日にでも家を立つかもしれない。見つけてきます」

「そうか。一応、場所は割ってある。ここにいくといい」

と住所の書かれた紙を渡して来た。

ハセガワが考えている計画に私を加担させようとしているのか。ならば従いたくない。しかし、今の私にはBの行方を知る術がない。

私は、Dr.ハセガワの顔を見ながら、紙を受け取った。

変な真似をしたらいつでも殺せるからな。

噂声でいっぱいになった研究室から出た途端、目の前に、ランの姿があった。氷嚢で顎を冷やして、目には涙を浮かべている。

「何しに来たんですか?」

「Bを、追いかけるんですよね」

「ええ、まあ」

「今すぐ行きましょう。私も行きます」

私は、はやるランを絞るように抱きしめて、涙が漏れ出るのを待った。

「気持ちはわかります。悲しみを押し殺して、復讐を図ろうとすること。しかし、それではリン様が浮かばれないでしょう?」

ランは私を振り払い、氷嚢を投げつけてきた。私はあえて避けず、左胸に直撃し、そのままベチョと、地面に落ちた。

「じゃあどうしろっていうんですか!彼女を許して、今まで通りに過ごせと?私は神様じゃない!」

「A」

私がその名を呼ぶと、ランはびっくりした表情と共に姿勢を正し、敬礼をする。額に当てた指先は震え、目は真っ直ぐ前を向いていた。

「シモ特別保護部隊三ヶ条を答えろ」

「……一つ、私たちはシモ様のために生きなければならない。一つ、シモ様を捕えられた時は、直ちに取り返さなければならない。一つ、傷を負わせたものを、決して逃してはならない」

「我々は、この三ヶ条を守り、シモ様のために命を賭す。わかっているな」

「はい、S」

「Bはもう、裏切り者だ。そして私が傷をつけた。逃すわけないだろう。殺すのに必要なのは確実性だ。待ちなさい。朝まで」

「はい、S」

「なんて、懐かしいですね」

気分を変えさせようとしたものの、ランは、Aというの自分を聞いてから目が緊張をしたまだった。

「冗談でもよくないです。私はもう一生思い出したくなかったのに」

「私たちが、ここまで生きてこれた証でもあるんですよ。苦労の前借りだったんです」


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