敵からの仕事依頼

【タカ】

Bと清掃員を表す点が、奥まで進んで止まった。おそらくエレベーターを使っている。順調そうだな。

「ちょっとお話しいいかな?」

背後を取られた。知らない声だ。後ろから、カチャリと物騒な音が聞こえてくる。 Bと違ってここから対応できる術がある訳じゃない。Bが相手にしてるのって相当デカかったりする?

「まず、その通信機器を外して、マイクをオフにした後、手を上げるんだ」

手慣れている。俺はとりあえずいう通りにして、ゆっくりと手を挙げた。

「そう。それじゃ、失礼するよ」

と歳を食った声が、勝手に後部座席のドアを開け、後ろに乗った。バタン。

俺はミラー越しに後部座席を確認すると、小太りの白衣を着た爺さんが、座った目をこちらに見せていた。ハンマーはすでに引かれていて、指は俺を殺す準備をしていた。

「何の用だ爺さん」

「こっちのセリフだよ。遠路はるばるここに何しにきた。旅行って感じじゃ、なさそうだな」

この顔、資料で見たことある。確かBに仕事依頼された時に調べてて見つけたんだ。冷静に、冷静にだ。

外は、気を使ってくれずに晴れ渡り、日差しが手のひらを焼いていた。

「爺さんこそ、この気味の悪い島になんの用が?」

「私はここで働いているんだ。センター長としてな」

やっぱりこいつって。

「まさか、悪名高いハセガワドクターに出会えるとは思わなかったよ。なんでこの場所が?」

「探知なんていうのは、何も君たちだけの所業じゃないんだよ」

と赤いボタンを取り出した。

「突如としてこのボタンが機能しなくなってな。監視カメラも動かなくなっていた。その後、ビルから変な電波を観測してな。一番強いのがここだったわけだ」

「監視室は二つあったのか……」

「いいや?私が元々勝手にハックしていた」

「自慢話が好きなんだな」

「まあまあと言ったところだ」

冗談をかましても、爺さんの口角はぴくりともせず、ただミラー越しにこちらを見つめていた。

こっちの電波は、携帯の電波に潜んで、自動でカモフラージュできる。ヘルツを似通わして、探知できないようにしているはずだ。

「なんでわかった」

「二.三ギガヘルツ」

なるほど……。

初めて爺さんがニヤついた。俺の図星の顔に気づいたのだろう。

「木を隠すなら森の中。だが、喋る時だけは、二.三ギガヘルツに合わせないといけないんだろう?伝達するために光を一瞬送るように。だからその一瞬をね」

「こんなに早いなんてな。そんなん普段持っていないと……」

「ああ、普段持っているんだよ」

と、スマートフォンをミラー越しに見せびらかしてきた。

「要するに、私たちはおんなじ暗闇の人間ということさ」

「そこまでして、ここに来たワケはなんだ」

「最近あったことで、君たちがここに来る理由があるとするならば、一つしかない」

俺は息を飲んだ。当たる暖房も気持ちが悪くなってきた。もう、世間話出来るような感じじゃなさそうだな。

「白髪の男の子を探しているんだろう?」

不意にダグラス社、バックミラーへと目を泳がせてしまった。この爺さんどこまで見えているんだ。

「理由はわからんが、君は我々が手に入れた武器を奪おうとしている。誰から頼まれた?国か?」

急に、爺さんが見当違いのことを言い出した。Bが探しているのは、国という言葉が出るほどの子なのか。

「ダグラスは嘆くだろうが、正直、こちらとしては奪われても構わない。いつかは狙われると思ったからな。だが早すぎる到着だ」

「悪かったな、こちとら仕事が早いもので」

「それで、そんな仕事の早い君に依頼を一つ」

と、カップホルダーに分厚いゲンナマを突き刺した。百、いや二百はあるだろう。

「白髪の彼に、君は死んだら爆発するんだよ。と植え付けておいて欲しいんだ。もちろん今の依頼主には黙秘で」

……は?

「何一つ意味がわからない。人も仕事も選ばないが、理解に苦しいものは受けように受けれないな」

とBに応援要請をしようと一瞬動いた刹那。

パンッ。  

死んで、ない。ああでも痛い。目が覚めると、まだ俺は車の中にいた。痛むところを触ると、べっとりと傷が、ない……。顔周りがチクチクする。おそらく、銃の中にスタンガンのようなものを仕込んで俺を気絶させたのか。カップホルダーを確認すると、ゲンナマが刺さったままあった。

窓ガラスを空けて、タバコを口に咥えて、あの爺さんが言ってたことを、頭の中で整理しようとする。白髪の男の子が、死んだら爆発する?Bがいた地獄の実験を行ったとされている、ハセガワドクターの言葉だ。嘘じゃない。

そこは全部説明してくれないのかよ……。

やっとのことでタバコに火をつけて、依頼とともに吸い込めそうになかった俺は、大事な一発目を口内からふかした。

金を渡されたからには、実行し、結果を報告しなければならない。調査員の鉄則だ。あの爺さんもそれを知ってて置いていったのだろう。依頼主との信頼のために、いつもは後払いにしているのだが、前払いにしたということは、結果を待たずにこのまま消えるのか、それとも失敗したとわかった時に俺を殺す算段ができているのか。

ふとインカムのことを思い出し、付け直すと、Bがか弱い男の声と会話しているのが聞こえた。勝ったか。しなくていいはずだったため息と一緒に、煙を吐いた。


程なくして、Bは血まみれになりながら、銀髪の男の子を担いできた。

「この子が……」

「そう、私の眠り姫。文字通り寝ちゃったよ」

真っ赤な顔から見せてくる白い歯は、なんだか気持ちが悪かった。

ハセガワドクターの話が正しいとするならば、こいつが紛れもない。爆発する、白髪の、シモとかいう奴だ。

「な、なあ、こいつが、シ、シモ……」

「灰、口についちゃうよ」

「そんなことはどうでもいい!」と俺はタバコを外に吐き出して発した大声を皮切りに、狭い車内が静かになった。Bはシモを優しく撫でながら、「……知らない。私にとって、こいつはジブラなんだよ」と、少し寂しそうな声をだした。やっぱりか。Bの口ぶりから察するに、こいつは大体のことはわかっている。俺は、すやすや寝ているゼブラ、もといシモにシートベルトを優しくかけるBを見て、俺はなんともいえない気持ちになってしまった。鶏の卵を握っているような。これは、葛藤だ。

「……清掃員は」

「やられたよ、思った以上に早い別れだった」

Bが清掃員に対して別れという言葉を使うなんて、メンタルがかなりきているのだろう。出血や殺害した時のドーパミンが薄れた頃合いなのだろう。

俺はとりあえず、ロックダウンされる前にと、車を急いで走らせた。

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