小さい復讐から、大きな復讐へ

「ダグラス様!ない、ないです!」

その瞬間にダグラスの揺れていた目がまっすぐギロリと私に合わさり、ダグラスの手は背中まで動いかと思うと、奴は銃を取り出した。動きが大きいなあ。私は伸び切った手に向かって、パァン。

「やっぱり持ってたね。無駄打ちになっちゃったじゃん」

あー、照準を少し外して手に当たっちゃった。ダグラスが持っていた銃は吹っ飛び、ダグラスは手首を抑えて膝を畳んでしまった。

「ダグラス様!」

小さくなったダグラスを見つけた瞬間、涙をポロポロ落としながら赤髪の女が部屋から走ってくる。なんでこんな奴の為に泣けるんだよ。

「うるさいなあもお。何?鍵ないの?」

ダグラスのすねを足でこづいて、銃口を赤髪に向けて銃のハンマーを引いたところを見せる。多分、あと一発。

「ないの?ないのね?殺しちゃうからね?」

「ダグラス様!」

女の裏返った叫び声を大木が反響させて、でかい筒のような建物に少し響いた。大抵は声をあげる前に死んでいたのに、こんなに叫ばれちゃったらそろそろ下から来るかもな。

「はあ。三、二、一、ゼ」

「マスターキーが、机の子引き出しに」

「バーン」

銃を上げ、打つ真似をしてダグラスを煽った後、敷居を塞ぐダグラスを足の側面で横に蹴ってずらし、固まって動けなくなっている赤髪の耳元まで近づいて囁いた。

「一緒にエレベーターに行きましょ。少し、お話ししようよ」

と言って、肩を離れざまに触った。ダグラスの幾何学的な黒いテーブルは綺麗に整えられていて、普段の律儀さが伺える。写真立てには、見覚えのある顔が写っていた。今朝ノした男は息子だったのか。ひひひと笑みが溢れはじめる。なんか使えるかな。

子引き出しを開けると、少し複雑な形をした鍵が入っていた。とって、動かない赤髪の頭を銃口でつんつんとして起こさせた。そのまま前に進ませ、

「ちょっとこの子借りるね〜」

と倒れているダグラスの体をひょいと飛び越えてエレベーターに向かう。と思ったら、倒れているダグラスにすぐさま近づいて、

「ダグラス様……」

「大丈夫、君は強い子だ。安心しなさい」

まだやってんのかよこいつら。見ると、赤髪はダグラスの顔までしゃがんで、頬にキスをし、「すぐに手当が来ますから、愛しています……」

とかすれ声で伝えていた。イラついた私はダグラスと赤髪の間に、一発、弾を落とした。

「もういいだろ。恋愛ドラマは普段見ないんだよ」

無くなっちゃったよ。先にエレベーターに入った私は、清掃員を外に運び、青髪の隣に寝かせた。赤髪に向かって、指でちょいちょいと手招きする。赤髪は青髪を一瞬見た後、少し息を荒げながら私を睨みつけた。

「そいつは死んでないよ。こいつは誰も殺してないし」私の言葉に察したのか、赤髪の目が一瞬丸くなったが、顔に影を作り、走ってエレベータの中に入ってくれた。鍵を渡すと、ダグラスに対して別れを惜しんでいるのか、ゆっくりとエレベーターにあった鍵穴に鍵を刺した。

すると、ガタンと音がして、扉が閉まり、エレベーターがさっきよりも速いスピードで下がり始めた。

エレベーターに青髪が開けた穴から、少し冷たい空気が漏れてくる。換気されているが、空気は最悪に近い。そういえば、応援が来なかったな。清掃員が監視カメラと発信機を無効化していたのかもしれない。だとしても、悲鳴やら銃声やらで来てもおかしくなかったはずだ。妙だな。警察が来たら困るってことか。

「ダグラス様が、何をしたって言うんですか」

私を動揺させるためか、赤髪が震えながらも、この私に対して心理戦を始めた。

「私の大事な物を奪った。いや、大事な人、かな」

「あなたはその人のことが好きなんですか」

「ああ好きだよ」

「私も、ダグラス様が大好きです。愛しています」

「へえ」

だから持っている気持ちは一緒だとでも?

「ダグラス様は孤児だった私をここまで育ててくださり、部隊をトップの成績で卒業した後、ダグラス様は私に向かって、私の右腕になって欲しいと言ってくださいました」

右腕って、右手の間違いだろ。

「確かに、お前の身のこなしは長けている。相手を前にしてもお上品で、会話もお上手」

そう言いながら、私は銃口を赤髪の後ろにくっつけた。

「その銃は四発しか入っていませんよ。ランは体が弱いので」

シリンダーを確認すると、言われた通り空っぽで、六つとも穴が空いていた。さすが私だな。しかしリボルバーを使わせるなんて、ダグラスの趣味が過ぎるだろ。

「ラン?青髪のことか。あの子はお前より強かったよ。後ろから襲うなんて、卑怯者のやり方だ」

私は、シリンダーを回してシャカシャカと音をさせる。

「名前、記念に覚えといてあげる」

「……リンです。あなたは?」

ふーん。まるで私は動じてないと、口ぶりだけは完璧だ。教わったであろう戦闘術がよく生きている。

「B。非情な殺し屋って言われてる」

回していたシリンダーを止め、次はリンの頭突き出した。

「ちなみに心理戦は私の方が得意だと思うな。今までも、たくさん口で殺してきたし」

そう言って銃を下ろし、私がエレベーターの壁にもたれかけた瞬間、パリン。

危ないっ。ランは、振り返らずに私の腰に向かってナイフを刺してきた。抜いてまた誘うとしてきた悪い子の手首を、私はすぐさま握った。咄嗟に避けたが、刃が少し触れる感覚がした。かすったところを触ると、ベルトを通す穴が一つ無くなっていた。銃を捨てて私もナイフを取り出し、動かないようにリンちゃんの首にかけた。

「卑劣な刺し方。しかも左手?まるで蛇だね。いや、蛇の方がまだ堂々としているよ」

耳元で圧をかける。赤髪の手首が少し動いているのが分かり、私は自分の手をリンちゃんの指の関節に合わせて強く握り直した。

「投げようとしたねリンちゃん」

私は唇がこの女の耳に触れるまで近づき、息を吸って、喉仏を下に落とした。

「お前は今まで、いろんな人を騙して生きてきた。しかも狡猾に。私はね、武器の捌き方で性格はわかっちゃうんだよ」

リンちゃんの頸動脈けいどうみゃくに、ナイフの刃元を触れさせた。

「部隊のトップなんて、嘘だろ?」

「嘘なんか、じゃない……」

呼吸の音が強くなりながらも、リンちゃんは私を見ようとはしなかった。さっきのダグラスのように、私は首にナイフを当てたときの苦しそうな声がどうもたまらなくなってしまう。笑みを抑えなきゃ。

「じゃあじゃあ例えば、ある部隊が被害にあったとする。リンちゃん以外みんな殺されてしまった。これでリンちゃんは繰り上げ一位。これだったら嘘じゃなくなるよね?でももし、部隊全員、あなたが殺したとすれば?リンちゃんだけが生き残って、そんでもって敵を追っ払ったなんて嘘をつけば、自ずとリンちゃんは力を持っている人に見える。そうじゃない?」

リンちゃんのくっという声が聞こえて、動脈が浮き出てきた。汗が、首の後ろを流れていく。私は思わず、ふふふと笑い声がこぼれてしまった。面白い子。

ガラスから見える半透明のリンちゃんは、目が震えながらも歯を食いしばってこの地獄の時間を耐えていた。死ぬ焦りよりも、プライドの方に心が向いているように見えた。

「嘘じゃない、だって、みんな私より弱かったんだ。嘘じゃない」

「正当化がお得意なのね。じゃあいい事教えてあげる。いい事というか、常識的なこと」

私はリンちゃんの手首を握っていた手を頭に移して、髪の毛を握る。そしてエレベーターが暗くなった瞬間、

「嘘はいつかバレるのよ」

ランちゃんの首を掻っ切った。

「あっ、ダグ、ラス、さ……」

エレベーターが、スプリンクラーのように激しく、赤く塗られた。ナイフがカランカランカラン落ちる音がする。血しぶきをちゃんと見たのなんて久しぶり。ガラス越しに見えた絶望の顔に、ああ、興奮が止まらない。1人になりかけている密室でギャハハハと高らかに笑っていると、ガタン。とエレベーターが止まり、自動ドアが開いた。

「リン様。じゃないのか」

「今、リンちゃんじゃなくなったところ」

そう言って、私はでろんと身体を垂らした重たい頭を前に落とした。

「何も変わらないな、Bは」

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