二対一、一対二

 私たちは部屋を出て、とりあえず奥に向かった。すると、バカデカい大木が景色の真ん中を支配していた。

 笑顔で歩きながらバレないようにメイドたちに会釈をし続ける。こちらのことは気にも留めておらず、警備員の立ち位置が測りし得れる。巨木の裏まで行くと、さっき見た透明の筒があった。あれってもしかして。私は清掃員を先に奥に行かせるように促し、私も後についていく。この清掃員は、全く背中に隙を作らない。銃を持つための右手はほとんど動いておらず、左肩はいつでも回れるように力を抜き、少しだけ重心の奥に置いているその姿勢は、もし何かあったら私にだって容赦しないと、仕事人としての生き様を少し寂しそうな背中が物語っていた。

 エレベーターに入ると、十階から十五階と表示があった。こっちもガラス張りで、エレベーターの構造がよく見える。そして、上を見上げると、そこに違和感を見つけた。

「十五階押して」

 清掃員がボタンを押すと、エレベーターが動き出し、上へと私たちを持っていく。さっきの違和感は、的中した。

 釣り合いをとる重りがない。

 本当に十階から十五階だけなら、どこかで重りが通らなければおかしい。

 つまり別の階層、地下がある。

 予測が確信に変わった瞬間、エレベーターがゆっくり開き、「避けろ!」という清掃員の聞いたこのない大声が聞こえた。反射で下に屈むと、

 パァン。

 と銃声の高い音が確かに聞こえた。音がした方向に目を走らせると、エレベーターの目の前にいたのは青髪の女だった。なんで侵入者だとわかった?もしかしてこいつ。いや、今はそんなことどうでもいいか。

 私は屈んだ清掃員の背中を飛び越えて体を大きく動かして相手の重心を逸らさせ、私の顔に注目している間にナイフで腹部を突き刺した。が、服だけが裂け、刃が通らない。なんか着てんな?青髪女が構える素ぶりを見せたので、左手で銃を強く握り銃口を上に持ち上げた。

 パァン。

 痛ってえ。そのまま相手の驚いた顔を、アッパーで顎から砕いた。弱い。青髪は、少しだけ揺れた後にバタッと倒れた。しかし、倒れる最後まで銃口は私に向いていた。よく訓練されているな。よくみたら、ダグラスの好きそうな顔をしている。

 銃を取り上げ、ナイフと一緒にすぐ背中に閉まった。

「聞こえてただろうけど応戦した。もう隠密はできない。ねえ、聞こえてる?」

 反応がない。

「仕方ないですね。こっちで進めるしかっ……」

 パァン。

 背後のから銃声と共に、人が倒れる音がした。

 クソっ、下を向いてて気づかなかった。銃声の方向には、赤髪の女が至って冷静な顔をして構えていた。銃からは煙が上がっている。近くには扉、あそこがダグラスのお家か。

 私はさっき閉まったばっかりの銃を取り出し、女の銃を持つ方の肩に牽制を撃つ。避けている間に彼女の元まで走っていくと、

「どうした!」

 と野太い声が聞こえた。ダグラスだ。騒音で急に出てきたか。タイミングのいいことに私が扉の近くに来た頃に邪魔が入り、赤髪の手が竦んだ。作戦変更。

 私は、息を切らして、すぐにダグラスの顎に拳銃を向けた。

「まず銃を捨てろ。ご主人様が死んじゃうぞ」

「B、なぜここに」

 ダグラスは手を挙げずに冷静さをアピールしているが、目には真っ黒な渦が映っていた。

「ちょっと探し物、心あたりあるでしょ?」

「いかん!俺に構わず撃て!」

 やっぱりな。私の持っている銃の重さ的には、あと一発か二発、相手も同じモノだとすると、赤髪は三発以上は残っている。

 ほぼゼロ距離。撃たれたら私は死ぬ。だが、私のテリトリーだ。

「ちなみに私、反射神経すごいんだよ。でもそんなの今は無意味よね。まあ、避けるとしたらの話だけど」

 私はダグラスの顎を銃で再度押し、カチャリと、リボルバーを回した。

「リンは、部隊のトップだったんだぞ。脅しなど効かん」

「あっそ。目の前のやつ見てもの言えよ」

 赤髪の銃口が震え始めている。そうそう、その調子。

 こんな時に、相手の震えでゼブラと重ねてしまい、今どこで倒れているのだろうと一瞬下に目を落としてしまった。冷静になろうと、グリップにかけていた指を調整する。 私はわざとらしく大きな声で

「遅いなあもお。五、四、三、二」

赤髪は銃を落とし、そのまま手を挙げた。

「二で捨てれるなんて、聞き分けがいいね」

 賞賛の声を彼女に与え、私はダグラスをじろりと見つめる。

「捨てたわよ、早くダグラス様から離れて!」

 赤髪の額から、ほんのり赤い鼻のラインに流れる汗が、憤りを体現してくれている。

「待ってよー。私は探し物をしてるって言ったでしょ?私、地下にあると思ってんの」

「……シモのことか、シモなら地下にはいない」

 顎を上げられて息苦しそうな口から、懐かしい言葉が聞こえた。シモ。子供の頃に聞いた覚えがある。確かダグラスが探していたものだ。

「残念、そんなんじゃない。もっと大事なものだよ」

「そうか。鍵を、渡してやれ、スーツの中だ」

 赤髪がダグラスの体を抜けて部屋に入っていった。

「いい子だね」

と暇な時間をダグラスとの雑談で過ごそうとした。

「あの子を殺したら、ただじゃおかないからな」

 流石に緊張は抜けないか。私は「ふーん」とだけ言って、部屋の中でバタバタと音を立てている赤髪を待った。

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