記憶にない記憶
「ど、どういうこと」
「私は昔から、ゼブラ様に仕える身なんです。ダグラス様はおそらく知らないでしょう」
『どうなさいましたか?』
と円形に点々と穴が空いたところから、急に別の声がし始めた。
「申し訳ありません。こちらのミスです。以上はありません」
サンドラは仕事をする時の抑揚に戻って、淡々と嘘をつき始めた。
『よかったです。一応緊急用ですので、そのようなことがないように』
「失礼いたしました」
サンドラがもう一度鍵を捻り、ガタンとまた下に降りていく感覚がし始めた。
情報長が多くて何もわからず、放心状態のままエレベーターは到着してしまった。
「サンドラ、さっきのは」
「なんのことですか?」
サンドラの目だけが笑っている。
その顔を見るなり、僕は怖くなって、黙ってしまった。なんで急に忘れちゃうんだよ。
でもまたこの話をするのは、なんだか嫌な予感がして黙ってしまった。
俺は一旦、サンドラに心を閉じることにした。
「こちらで試し撃ちしてください。他の銃じゃまだ重すぎます」
「わかった」
俺はサンドラから、昨日ダグラスから受け取った銃と同じ型をもらい、試し撃ちをしようとした。
銃を握ると、金縛りにあったかのように、手が動かなくなる。
動くのは、人差し指だけた。両手が撃つこと以外なにも考えられなくなるように支配されていく。一発、また一発打っていくと、部屋に響く銃声に合わせてどんどん体を支配され、
「急に上達しましたね、睡眠学習でしょうか」
「うん」
パァン。
脳まで浸透した。
昨日と同じ、体全てが支配されているこの感覚。
これが、生きていた中で、一番心地がよかった。
銃を打つ音以外が遠く感じ、目の前の標的を撃つことだけが全てになるこの感覚。
俺はこのために、ダグラスの物を盗もうとしたんだ。
冷静になっても、自分のやったことに納得がいく。
急に標的がずれた。サンドラが俺の銃を奪おうとしてる。
「やめろ。やめるんだ」
サンドラの力が強くて、このままじゃ取り上げられそうだ。もう、撃つしか。
カシャ。
俺は、サンドラに蹴られて吹っ飛んだ。
握っていた手も離れてしまい、銃が盗られてしまった。
あ、ああ。力が抜けていく。サンドラの遠い声がだ、んだん近づいてきた。
「よくも私を撃とうとしましたね」
サンドラの怒りの眼差に俺は思わず、後退りをしてしまった。
「え、俺何かやった?」
「は?記憶を失ったんですか?銃の弾が無くなったから補充しようとしたら、抵抗し始めたじゃないですか」
俺はそんなことをしたのか。呼吸を整えてから、蹴りを受けた場所をさする。みぞおちギリギリの場所だった。
「ご、ごめん」
「でも、教えられた通りで安心しました」
「なにを?」
「あー、銃の使い方をです。さあもう一度」
話を流され、重みが戻った銃をまた手渡された。よし、もう一度あの感覚に。
「ゼブラ様、お言葉ですが、無鉄砲に撃つのではなく、集中して、的を狙ってください。動いてない相手の急所も狙えないようじゃダメです」
サンドラは二発、人型の的の、両足首を撃ってみせた。
だが、手首の動脈には、少し外れていた。
サンドラは俺がしたことの復讐を的で発散させたのだろうか。
サンドラは俺の的を片付けて、人型の的にした。
一気に緊張感が増す。
昨日よりかは怖くないが、いつかこの的が、俺の首を絞めに来るんじゃないかと、撃つ手が拒んでしまう。
動けなくなった俺の顔をぼやけたサンドラがのぞいてきた。ビクッとして、「何?」とサンドラの顔を押してどかした。
「ゼブラ様、人を撃った経験がおありですね?」
は?
「ゼブラ様の銃の持ち方は綺麗です。特に撃っても撃っても構えが動かないところ。それで急に人型になったら打てなくなるなんて、トラウマがあるようにしか思えません」
確かに銃は俺の一部かのように手に馴染んでくれる。でもどうしても思い出せない。思い出そうとしたら、頭に電撃が走り、少し痛くなってきた。
撃ったとしたらいつ、どこで、なんで。考えがぐるぐるして手が急にぶれ始めた。
「相手は的なので動きません。もし相手が本当に人だとしたら、心臓を打ったつもりでも、人は数十秒は動けます。だから何度も撃つんです」
とサンドラは銃を撃ち続けた。急所という急所を撃ち続ける彼女は、もう狂気のそれでしかない。
ダグラスが言っていた不甲斐ないところなんて一個も見つけられない。
俺も撃とうとするが、黒い風が前から煽ってくるような感覚になる。
これごと霧散させるように、相手の脳天を一発撃った。
次は一発で、俺の脳まであの感覚が浸透した。
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