裏の顔・緑色のスーツ

サンドラの声色が変わった。

部屋の中の雲行きが変わるどころか、ゲリラ豪雨が降りそうで身構えた。

サンドラから、急にそんな言葉が飛んでくるとは思わなかった。

確かに、ダグラスも電話をした時にBが殺し屋だと言っていた。

サンドラも知っているのか。


「主に暗殺。しかし彼女の殺し方にはモラルがないです」


「ど、どういうこと」


Bの悪口を言われている気分で、食事が色褪せて見えてきた。

食べようとした朝食を、皿の上に置いてしまった。

僕の知っているBは、そんなんじゃない。綺麗で、サイテーで、でも僕に生きる価値を見出してくれているような人なんだ。


「彼女は、人をコントロールするのが上手いんです。人と人を殺し合わせたり、安楽死を提案したり、自殺させたり。責任と血を負わないために現代のテクノロジーを使って業務を遂行をするんですが、彼女の怖いところが、足跡が残らないんです。一般人でも頑張ればディープウェブまでには到達できる現代には考えられません。ただ一つ言えるのは、彼女が大手の人間に数多く携わっているということ」


難しい話ばかりでわからないけど、Bが人を殺すのが上手いということはわかった。でもこんなの嘘だ。そこまで心のない奴じゃ、なくも、ないか。いやいやでも、証拠が上がっていないのにBだとなぜ特定できるんだ。そんなのおかしいじゃないか。


「噂だろそんなの」


「ええ、あくまで噂です。何しろ証拠が出てないんですから。でも」


サンドラが隣まで近づいてきて、しゃがんで僕の膝の近くまで寄ってきた。しゃがんだ時のメイド服が、花を咲かすようにふわっとして、緩やかに戻っていった。


「私は、そんな奴にゼブラ様を渡したくないんです」


と、顔をすぐ近くまで急接近した、サンドラの吐く息が少し熱い。


「な、なんで急に」


「なんでって、ゼブラ様のことが好きだからです」


えっ。


「え、いや、でも」


「あなたを一眼見てから白髪の綺麗な青年が来たと思っていましたが、それは次第に、あなたの素直な感情に惹かれていって、さっきまで怖がっていて繋いでいた手が銃を持つ手変わった時に確信しました。私は言葉を失ったんです。愛おしい。私が守りたい。一生お仕えしたいと」


早口でほとんど聞き取れなかったが、さっきのサンドラとはまた別人のようにキラキラした目で僕のことを見ていた。

Bを貶していた声が急に高くなって、僕は、焦りで汗が止まらなかった。こんなの、カオスだ。どんな感情でいれば良いんだ。


「このままここで暮らしましょう。私が一生お守りいたしますから」


「わ、わかったよ。でも、Bも一緒にさせて」


キラキラしていたサンドラの目に暗雲が立ち込める。ゲリラが降りそうだ。


「なぜです」


「び、Bは、僕の生き甲斐なんだ」


サンドラは俯いた後、口からガリっと音をさせた。


「左様でございますか」


サンドラがすくっと立ち上がり、部屋を出て行こうとした。


「ど、どしたの急に」


「ご安心ください。お掃除の者を連れてくるだけです」


僕、何したんだろう。

急に一人にされた。騒がしかった雰囲気が一変して凪になってしまった。

次サンドラが来る時までに食べ終えてないと怒られる気がして、必死にパンを口の中に放り込んで、飲み込んだ。

はあはあと激しく動いていないのに呼吸を整えるのに必死になってしまう。

サンドラが何を伝えたかったのか整理するために、サンドラの言葉をゆっくり思い出し始めた。

銃、銃という言葉を発していたのを思い出した時、

銃を触った時のあの感触が、僕の脳を刺激した。

触った時よりかは弱いが、脳に電気が走ったかのような感覚が、僕にまた銃を触らせたいという欲求を思わせた。

そう思い立った瞬間。

ウィーン。

俺は部屋から出て、ダグラスの部屋を探した。

前に小さいダグラスを見た時は上に上にあった気がする。近くにいるメイドに聞いたら、クスクスと笑いながらも、十五階にあると指を天高く指し、エレベーターはここから左に三番目の廊下の先にあると教えてくれた。


「ありがとう」


と言った後、


「パジャマのまま行くんですかー?」


とわざとらしい大きな声が聞こえ、メイド達が皆またクスクスと笑い始めた。

俺のこのふわふわのパジャマじゃダグラスと会っちゃいけないのか。

理由がわからないが、少し恥ずかしくなってきた。メイドの元に戻って、


「じゃあどうすればいいの」


と、笑われたことに不満になりながらも、バカにしたメイドについて行くことにした。

メイドはまた笑いながらも、こちらへ、と更衣室に案内してもらった。

そこには基本的にでかいサイズの服がずらりと並んでいて、僕に着せては笑い、着せては笑い、メイドたちは、僕を使って遊んでいた。

なにもわからない分、抵抗ができない。

急にサイズの合う服を着せた途端、メイド達の目が一際輝いた。

着心地のいい淡い水色のシャツ。

体にフィットする、サラリーマンがビルに出たり入ったりするための上下セットの服。

ただ、なぜか緑色でそこだけ違和感を覚えた。

それにチョコレートのような茶色い革靴が、前に隙間があるものの、ある程度履き心地は悪くなかった。

最後に、メイドが目の前にきて、またサンドラみたいに変なことを言われるのかと思ったら、何かを首に巻きつけた。これも、ビルに出たり入ったりする人が、よくつけているものだ。

「こういうの、なんていうの?」

「スーツです。しかも、元はダグラス様の息子様のですよ」

ダグラスが、風呂場で寂しそうに笑ったのを、ふと思い出した。

「かっこよろしいでございますよ」

「本当?」

「ええ、これなら、ダグラス様も喜ばれます」

「うん、ありがとう」

顔が熱い。今度の恥ずかしさは、馬鹿にされた時の恥ずかしさじゃなかった。

部屋を出て、言われた通り、三番目の廊下に向かっていると、皆が僕を見た時の目つきが違った。

にやけていた皆の目が急にキリッとし始め、皆会うたびに俺に少し深いお辞儀をしてみせた。

僕は仕返しに、無視してやった。

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