第三章 正体

【ダグラス】

センター長に呼び出された私は、すぐに研究所へと向かった。

もしものことを想像して、冷や汗をかいてしまう。ハンカチで額を拭いてから、ポケットにしまい、襟を正して中に入っていくと、入り口の前でセンター長がポッケを突っ込み、仁王立ちで待っていた。私を見るやいなや、ツルッとした頭をさすりながら、どうぞどうぞと、カウンセリング室に案内され、私はセンター長についていった。トップの二人が何かを話し合おうとしていることがわかり、皆の手が止まり、完全にこちらに注目が向いている。注目されるのはいいが、決して安直に取り扱ってはいけないことだ。途中から私は目を合わせるのをやめ、まっすぐカウンセリング室に向かった。

ガチャ、真っ暗なカウンセリング室にぽっと明かりがつき、センター長がゆっくり腰掛けたあと、自身のひげを触りながら対面のイスを手のひらで指す。

「マジックミラーになっていますのであちらからは見えませんし、防音ですので、ご安心を」

私がドアを閉め、恐る恐る座ると、センター長はため息を吐きながら姿勢を崩し、天井を見つめ始めた。いつもは気さくなセンター長が今日はやつれており、誰にも見せない姿をしていた。

「彼、本物だったよ」

そうか……。私はとんでもないものを手に入れてしまった。

「彼は今、事実的な歩く災害だ。こちらにずっといさせるわけにもいかない」

体がズンと重くなる。私が被る責任なんてほんの一部だ。それ以上の危機が迫ろうとしている。指を絡めて机に肘をつき、頭の置く場所を確保する。

「私は……どうしたらいい」

とセンター長を見上げると、彼はとても言いにくそうな顔をして、でかいため息をついた後に、ゆっくり口を開けた。

「最善は、四肢を綺麗に取って、寿命を待ち、死後コンクリートに埋めて、地中奥深くに捨てることだ」

私は一気に吐き気をもよおした。咳き込んでしまい、パイプ椅子からガタンと落ちてた。彼の「大丈夫か」という声で手のひらを見せて応答する。

「それは……あまりにも可哀想じゃないか」

「我々の中でもさまざまな憶測が飛び交ってはいるが、脳の信号で爆発するのではないかという説が有力だ。つまり、死んだら爆発するという意識づけができていたら、死んだ瞬間に脳の信号で実際に爆発する。でも彼がそのことを知っていて、隠しているとしたら、私たちは老衰を待つしかなくなるんだ。脳も体と共に歳をとり、認知症のリスクが増えていく。その誤作動で、発動しなくなる可能性はある。あくまで可能性だが」

「彼が、それを知らないという可能性は?ならいっそ、殺してあげたほうがいい」

私の咄嗟の発言で、センター長は睨みを利かせた。目に見えて怒りを抑えようとしているのがわかる。

「そっちの方がリスクが高い。人類がかかったギャンブルだよ。もちろん知らなかったら今殺すだけだ。しかし知っていたら?我々もその瞬間に死ぬ。これは人間だからできた最悪の所業なのだよ」

沈黙の時間が始まった。おそらくお互いに同じ気持ちだが、それを実行できない以上、待つしかない現実に、時間の重みが私たちを深く深くに沈めようとしている。

「彼が、知らないかどうかわかる方法はないのか」

「ないよ。君は死ぬと爆発すると知っていたかなんて聞いたら、それこそ意識づけの始まりだ」

彼は一時の間も与えずに答えた。

私は苛立ちで机をドンと叩いてしまう。

「わかっている!わかっているよ……」

机と椅子以外何もない空間で、ただひたすらに、無音がうるさく感じる。

「やつを、遠ざけよう。どこか紛争地に送るんだ。そこで死んで貰えば、爆発しても我々には関係ないし、爆発しなかったらそれでいいじゃないか」

「ダグラス、お前本当に言っているのか」

「わからない、もうわからないよ…」

この私が、皆に見せられないほどに震えていた。震え続ける肩に、ポンと手を差し伸べられる。

「わかったよ。我々のためでもある。そうしよう。自動操縦の潜水艦を用意してくれ。もし、地上を移動している間に爆発するようであれば犠牲者が何千人、何万人出るかわからない。中で死んでしまったら、海の生き物の生態系が少し壊れてしまうかもしれんが、それくらいであれば国も許してくれるはずだ。そしてお前の言うとおり、そのあとは紛争地に送る。ただそこで野垂れ死ぬのだけは可哀想だ。少しだけでいいから、生きれる術を、戦闘術を教えてあげてくれないか」

私はセンター長の声色が感情と理性がごちゃごちゃになっているのに今気づいた。みんな、信じたいくない。みんな同じ気持ちなんだ。

私はセンター長とハグをした。藁にもすがる思いで、心を誰かに預けないと気が済まなかった。襟を正し、私はドアを開けて研究所に戻った。

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