眠り姫
街灯に度々照らされながらタクシーの中で眠り、駅で降ろしてもらった。
豪雨は止むことなく、私の帰り道に容赦なく降りかかってきた。身体がだんだん重くなっていく。忘れる前に、死人のスマホを勢いよく何回も落として、粉々に砕いてから排水溝に入れた。
また風邪ひきそう。自分を抱きしめながら走って家まで向かい、家にもかかってこないようにすぐに閉めた。
自分から出る水滴が、結構な量だと言うことを知り、一度出て、髪を絞る。豪雨が地面を撃ち続ける音は、濡れない分には、心地の良いものだった。
上着も一度脱いで窓についた謎の檻にかけた。
家についても、ゼブラはまだいなかった。濡れた体をどうにかしたいと思いながら、部屋の中をあちらこちらと探し回ってしまった。本当にどこに行ったんだろう。
大丈夫かな。
あれ、私、いつもゼブラのこと心配してたっけ。とりあえず、シャワー浴びよう。
私は、ゼブラを使っていただけだ。人間味のないやつとして接していたが、私がコーヒーをのぞいた時に、初めて私を誘ってくれた。的外れな言葉だったから無視したけど、内心、この子だけが、私を私として見てくれるのかもと思っただけなんだ。
しかし、長い髪を乾かした後でも、ゼブラは帰ってきてくれない。
玄関を開けて外を確認しても、都合良くピタッと止んだ空が、太陽が顔を出す前にうっすら琥珀色になって、朝の予告をしているだけだった。
玄関から一望できるリビングに、私以外いないというのは、別に見慣れた光景だ。
ただ、撃たれてないのに、体に穴ができたような感覚があった。隙間がありそうな部分を掻きながら、布団の中に入り、ゼブラが残した服を抱いて、目を瞑った。
ゼブラの匂い、特に首元にゼ、ブラがいたことを実感する。昨日の汗も感じる。
……暑い。一旦落ち着こう。
スマホを確認する。時刻はもう六時になろうとしていた。
違和感に頭を掻きむしってしまう。だめだ、思った以上に私の気持ちが保たない。
私はスマホから連絡先を探して、電話をかけた。ルルル、ルルル。
『ふぁああ。あのなぁ、俺たちは一人でやってるわけじゃないんだが、流石にこの時間は』
「ごめん、でも人を探しているの、急にいなくなっちゃって」
『お前、友達なんかいたのか』
相手の嘲笑した声に私のピクッと眉が動く。いやいや、ここで取り乱すのは意味がない。
「白髪で、私と同じくらいの身長。眉が細くて、肌も白いの。んで、目の色は黒」
『そんな奴はいない』
え?
『何もいじっていない想定だが、アルビノなら目は黒くない。白人だとしても目が黒いやつなんてそうそういないんだよ。生まれつきで目だけ黒くなるなんてありえないんだ』
「え、じゃあ、ゼブラは」
『ゼブラ?まあ事例があるとすれば、陽の当たらないところで半生を実験に使われたとか。それで肌が白くなって、ストレスで白髪になったっていうパターンだな。たとえば。そいつの手に、シワはあるか?』
確かに、ゼブラの目立ったシワなんて見たことがない。私はふと、あのくだらない番組を思い出す。まさか。
「ねえ、その実験をしてそうな場所ってないの?会社とか組織とか。しらみつぶしに確認するから」
『まさか鵜呑みにするつもりか?一回デカい取り締まりがあってからはなあ。あ』
電話越しに、マウスのクリック音が聞こえる。
『実験だとかの話はないが、製薬会社達が大打撃を与えられてから、一般用医薬品を作る会社が伸びているんだよ、ただ一社、異常に株が上がっている会社がある。落ち込んだ製薬会社を買収して、新しいステージに進むとかなんとか』
「名前は?」
『ダグラス社、こっちで調査してみるか?』
知ってる。昔のお得意さんだ。私は、パッと積まれている雑誌の山を見た。あれ。
「場所は?」
『ダグラス島なんて安易な名前つけて観光地にもなってるよ。もしかしていくつもりか?そいつがいるという確信がないのに』
「私そいつ知ってるんだよ。助けてくれるかもしれない。ねえ、一緒に行こうよ。清掃員もつけてさ。あ、車だして」
『人使いが荒いなあ。ただ、こっちも善意ではいけないな。清掃員と合わせて百でどうだ』
ゼブラと金を天秤でかける。生活はちょっとキツくなるが、ゼブラが戻るならまあいいか。
「いつもだったら値切るけど、裏切られたらいけないからね。サービスだ。百でいいよ。その代わり、ゼブラが戻るまでなんでも言うこと聞けよ?」
『金を払ってくれるなら靴でも舐めるよ。清掃員を一人連れて都心から千ヤード以内のところにランダムにピンを止めて住所送る。三時間後、九時までに来い。キャンセル料は百パーセントだ』
「助かるよ、ありがとう」
電話を切って、雑誌と漫画の山を掻き出し、木箱の中を開けた。電話がない。
私の少女漫画が上に積まれてあったのに違和感を感じて正解だった。
疑惑が確信に変わり、アドレナリンが分泌されながら、服を着替えて外に出る準備を始めた。人助けなんてまるで主人公じゃないか。
動きやすいように黒いジャージをとってキャップを被った。スマホに集合場所が送られ、私は勢い任せに外を出た。
目の前には、ナイフを持った男が一人。
「ダグラスのところに行くんだって?ダグラス・メイデュー」
目の周りが黒い、ゆらゆらと揺れている不審者が私の目の前に現れた。ふらついてるだけにも見えるが、一定の動きをしている。なるほどね。
「Bだ。Bがいる。いつ見ても綺麗だなあ。殺し屋とは思えないよ」
「よく調べてくれてんじゃん。お前、ダグラスの何?」
「切ってもきれない関係だよ。なあB、ヤらせてくれよ。俺の上に乗ってさあ。一眼見た時から収まらないんだよ。あいつとはヤってただろお?白髪のビビリとはさぁ」
目を見開いて走ったかと思うと、ナイフを思いっきり私の首に振りかざした。
おいおい舐めてんなこいつ。
首を後ろに引き、私はナイフを持った腕を右手で掴んだ。焦った顔にすかさずにハイキックを相手のガードもろともお見舞いする。
頭がガクッと地面に落ちそうな姿に、ニヤリとしながら、脳天に踵を落とし、掴んでいる腕を残して倒れそうになったところで腕にまたがり、頭の上に乗って地面を食わした。
「乗って欲しかったんだろ?良かったな!」
腕を曲げてナイフが落ちたところを拾い上げて、こいつの力ない腕を落とした。
もう戦えないのにひひひと笑い続けている。キモいなあ。
「なんなんすかこいつ」
ちょうど帰ってきたアパートの住人が気味悪そうに話しかけてきた。頬にナイフの傷を負った坊主で、冬なのに赤黒く汚れたタンクトップを着た巨漢。私の子分がポタポタ液が落ちるビニール袋を引っ提げて帰ってきていた。
「こいつ、お前の家に置いといてよ、何してもいいけど、喋れるくらいにはしといて」
「めんどいですね。わかりました」
私が降りた瞬間に変態は飛び上がって、私に笑いながら殴りかかろうとしたが、すぐに子分に襟を掴まれた。
「へへへ、なんだあ?坊主だな」
だが、その笑い声はすぐ消えてしまった。
「……血の匂い?」
「あれ、さっき洗ったんだけどな。Bさんは殺すのが趣味らしいが、俺はいたぶるのが趣味なんだよ」
襟を掴まれたまま不審者が魚のように暴れ回るも、そいつを持ったまま子分は、二階の部屋に入っていった。
ふう。私は胸を心の中で撫で下ろして、スマホを確認する。
七時半。
私は少し、早歩きで駅に向かった。
Bを取り戻さないといけない。下心のある正義感だけが、私を突き動かした。
目的地について、住所を見ると、止めるのが難しそうな狭い路地の中にピンが止まっている。
朝の都会は、会社員で溢れている。電話しながら歩いたり、信号に急かされる人、みんながみんなきっちりしたスーツ着て毎日同じことを繰り返そうとしていた。
路地について、黒色の車があったので、扉をノックして、後部座席に乗り込んだ。隣には清掃員と、ハンドルを持って人差し指をパタパタさせてイライラしている調査班がいた。
「九時二分。アウトだな」
「セーフだよ。清掃員の確認は取った?」
「取ったよ。お前こそ、本当にBか?」
「お前が裏切り者だったら、すぐに殺す準備はできてる」
と、私は鋭い目つきで自慢げにナイフを見せた。
「大丈夫らしいな。行くぞ。観光地だから入るのは簡単だが、おそらく、君の眠り姫を手に入れてからが難しい。いつでもロックダウンできるような仕組みになってるからな。救って、三千ヤードある橋を渡り切らなければならない。大きく見積もって八分。清掃員が頑張ってくれると思うが、隠密行動に長けているのはBだ。お前が眠り姫救って見せろ」
とタバコを咥えた野太い声が私にプレッシャーをかけた。さすがはベテラン。主役はやっぱり私なのね。
「そのつもり」
清掃員は置物のように黙り続けていた。
清掃員の顔を見ると、顔がシワシワで、痩せ細っていた。マジで大サービスしてくれてる。多分こいつは、清掃員の中でも、”捨て身”に該当するやつだ。もう何されても構わない。いわば無敵の人とも言える。
車が急発進した。煙たくて、私は窓を開ける。車の風はやっぱり気持ちいい。調査班も窓を開けてタバコを捨てるやいなや私の窓ごと閉めやがった。
「誰かに見つかったらどうする」
お前が吸ってたんだろうが。
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