隠蔽工作と二人目

十五分も締め続けたので、手が痛み始めた。

力を緩めれば、予期せぬ瞬間に獲物が息を吹き返すかもしれない。

ピピピ、ピピピ。

タイマーが鳴った。手を離して、顎を抑えて首を鳴らした。ふう。その後、首がガクッとなったのを見て、私はフヒと笑い、手をヒリヒリさせながら死体を確認する。

しっかり赤黒い跡が付いていて、息、脈、心音を確認し、どれも感じられなかったので風呂場から引きずりだした。私の仕事はここからだ。まずは、死体の体を拭いて、髪の毛も乾かす。そして死体の写真を撮ったあと、風呂場もお湯を抜いて、脱衣所の床が濡れたので綺麗に拭き取った。死後硬直する前に身体を丸めさせ、風呂場の前に置いた。すると、いいタイミングでスマホから着信音が鳴り、メール開いた。

『終わった?』

私は「すぐ来て」と返信した。スマホをポッケにしまい、皿、グラス、を出して全て洗う。綱で荒れた手に水がかかり、すごく痛い。

洗い終わったらタオルで拭いて、蛇口に干しておいた。

「どもー、清掃員です」

「おせぇよ」

黒くでかいバックを持った怪しげな清掃員が、リビングにづかづかと入ってくる。若くて華奢な、黒髪の男の子だ。

「こいつね、銀歯はとった?」

「そういうのはそっちでやってよ、めんどくさいし汚れたくない」

「君がいうことかね」

清掃員は毎回違う人物なので、お互いに同業者ということくらいしか素性はわからない。変装ではないことを、今の形式的な会話で確認する。

「そんなペタペタ触って、指紋つかないんですか?」

私は止まった。清掃員は全員、この職種の人間には、指紋がないのは知っているはずだ。しかも、普段こんな会話はしない。形式的な会話を知っているスパイではないことを証明してもらうために、もう一つ質問をした。

「君、名前は?」

「アルベルト・ミラー。お前は?」

「B」

大丈夫そう。清掃員はみんな同じ名前を名乗る。そして、私の名前を確認するまでがセオリーらしい。あっちのルールは知らないが、とりあえず、本物であることは確認した。それでもスパイのやつはいるが、スパイならそんな隙を晒すことはほとんどない。

ただ、もしスパイだったときがめんどくさすぎる。掃除とか。

清掃員はバックに死体を入れ、すぐさま立ち去ってしまった。簡単そうな仕事だが、死体処理、監視カメラがあったらその捏造もしくは削除までしている。

私がこの仕事を続けられているのはあいつらのおかげでもある。私はそのまま、机、椅子の掃除、ベットメイキングまでして、完璧に綺麗にしてから家に鍵をかけ、また首をコキッコキッと鳴らして出ていった。

『スペアキーちゃんととった?』

『入れ替えておきました』

おっ、ちゃんと仕事してる。サンキューとだけ返信をして、メールアドレスを削除した。

あと一人。髪をいわいて、コートを元のブルゾンの状態に戻したら、駅まで歩いて、終電の電車にひょいと軽く飛び乗った。都会は終電が遅くて良い。

スマホを確認して次の現場を見る。

最後はモデルのムーア・エミー。二十代女性。

金髪の長い髪、百六十五センチ前半、スレンダーでスカートをよく履いている。

【人気ながら精神的に休みがちで、その間に俺にスキャンダルを持ちかけてお金をせびり続けていたサイテーな女。もうヤッたし死んでくれていい。】

とかなり酷いことまで書いてある。

いつもこのように調査班の調査結果とともに依頼主のメールも同封されているが、そのまま送らなくたっていいとも思う。

住所を見ると、場所はメタリックな外観で銀色のマンション。写真が下から上を撮られており見えずらい。タワーとまではいかないが、かなり高く、画像で屋上がギリギリ見えた。

そして不思議なことに、さっきの死体のスマホには同じ名前の連絡先があった。まあ知ってたんだけど。おそらく依頼人はさっき殺した彼だろう。かわいそうに。

彼のスマホのメールで

『今まで悪かった。直接謝りたいんだ。お詫びもちゃんとある。だが、この件は警察には知られたくない。だから、屋上で会おう』

と、心にもないメールを送ったが、目的地の最寄りから降りても返信がなかったので、電話をして、繋がった瞬間に切った。メールがやっと届いた。

そういえば、ゼブラにスマホを持たせてやればよかったな。

『何?渡したいものって。やっとお金を払う気になったの?私が殺し屋を雇ったって、やっとわかった?』

まさか、同時に依頼する偶然があるなんてどちらも思わなかっただろう。

いひひひひと我ながら、不敵な笑い方をした。

『ああ、君が望んだ倍持ってきた。だから、殺しは勘弁してくれ』

金の話を持ち込んだら、すぐに返信が来た。

『あなたが証拠を見せてくれたらの話ね、私今、キャベツ切っててとてもイライラしているから、何をするかわからないけど。ビルのパスワードは4930ね』

おー怖い。そしてちょっと頭が悪そうだな。彼女のマンションに向かいながら、私は死人のスマホで「安心してくれと」返信した。現場に着くと、画像通り、銀色のマンション。無理に顔をあげると、屋上が見えた。首が痛い。ちらっとだが、金髪が靡いているような気もした。

マンションの中に入って行って4、9、3、0とパスワードを入れると本当に開いた。やばいなこいつ。

これから死ぬっていうのに用心がない。

エレベーターで屋上まで上がって、ドアを開けた。いざご対面。

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