一人目 色仕掛け

何度払ってもやめない変態をスマホを鏡がわりにしてみると、ピンとくる顔だった。スマホで、すぐ依頼された情報と照らし合わせてみた。

名前は、クリス・ジョーンズ。

五十代男性。一人暮らし、メガネ、多少白髪あり、身長は百七十後半。体重はおよそ七十キロ前後の少しガタイがいい。黒いスマホ。茶色の尖った革靴。スーツは紺色。住所もある。コンビニの上にあるどっから入るのかよくわからないマンション。と書いてあった。

【男性向け雑誌の編集者で、際どい写真などを求めるなどのパワハラが酷く、関係まで持ちかけてきた】

そして今、私の尻をずっと嗜んでるこいつとほとんど一致する。男性向け雑誌ってこういう奴も関わってるのか。嫌になってくるな。とりあえず今は、手すりに力を込めて耐えるしかない。

結局降りるまで触り続けて、私の目的地の駅に降りたので、後ろから外まで着いていく。確実にこいつだな。

人に紛れて、後を追った。

その間に、ブルゾンの首から両腰まで着いているジッパーを外して上着を半分下ろし、黒いロングコートにした。

髪紐を解いて、メガネをかける。

人は帰り道をほぼ無意識に移動しているから気づかれにくい。

そのまま隠れながら着いていくと、コンビニ付きのマンションが現れた。

レンガのような壁、これだったらある程度騒いでも大丈夫か。

エレベーターに入っていくのを見て、二階が点灯して止まり、ターゲットの家が二階であることを確認した。

コンビニのガラスに寄っかかって数分、時間を潰し、階段で二階に上がる。階段の終わりから玄関をこっそり見ると、二つある。一見同じだが、一方にはチラシが挟まっている。よし。ロングコートのジッパーを胸元まで開け、意を決して下着を取った。チラシがない方のベルを早速押すと、ジジジジジジと音がなり、

「誰だね?」

さっきの痴漢が出てきた。私は少し枯らした低い声で応答する。

「クリスさんですよね?私、ミアって言います。お時間よろしいですか?」

「何の用かなミアちゃん」

早速ちゃん付け。歯を食いしばり、震える体を腕を組んで気付かれないように抑えた。ヨレヨレのシャツと谷間を見せて、上目遣いをお見舞いする。

「私今、お金なくって、ぜひ、クリスさんの雑誌でお仕事させていただきたいんです」

「残念だけど、人手は足りているんだよ。すまないね」

閉められそうになったドアをヒールで引っ掛けて止めた。

「お願いします!私、クリスさんのためにお仕事することだってできますよ?」

作った涙が、胸元に滴るところで、ドアを抑える力が緩んだ。勝ったな。

「きたまえ。僕の家を案内しよう」

玄関まで案内され、ドアを閉めた。

靴棚の上に鍵、一応覚えておこう。

リビングに入ると、やたらと清潔感があり、普段から客を呼んでいるのがわかる。

上着を脱いで座るように促され、彼は意気揚々とキッチンからワイングラスとワインを取り出した。

私はその間に、椅子に掛けたコートからパラコードブレスレッドを取り、音が鳴らないようにバックルを外して椅子と太ももの間に隠した。

隠したところで、男はテーブルに座り、ワインを得意げに注いで、私の前にスッと差し出した。

「君との出合いに乾杯」

ウインクのおまけ付き。お前五十代だろ。

「乾杯」

話の大半は彼の自慢話だった。金、女、地位、名声、子供の頃にどんな悪さをしたかなど。

どうでもいい話を興味を持っているようにキラキラした目でうんうんと聞き、どんどん酒を進めた。自慢話というツマミは酔いを促進させる。

酔いが回りはじめたのか、隣の椅子にもたれかかり、私の肩を抱いてきた。

心の中のため息を、早く放り出したい。

「すごいですねぇ。クリスさんみたいな人、今まで会ったことないです。でもその分、ご苦労されてるんじゃないんですか?」

私は彼の少なくなったワイングラスに注ぎ、苦労話に切り替えた。

苦労話も、酔いを回すのにちょうどいい材料だ。

編集長がうるさい。モデルがいうことを聞いてくれない。癒しの時間がない。

「ありえないです。私だったらクリスさんのことお手伝いできるのに」

酒が回りすぎたのか、私のせいか。

最近ご無沙汰だとか、ハードプレイが好きとまで言い出した。ここからだ。

私はメガネを外して、左手で耳をかけ、ターゲットの手を取る。

「クリスさん。いいですよ。でも、まずお風呂に入られたら?私も後で行きますから」

彼はグッと肩が上がり、椅子が後退りするくらい思い切り立ち上がり、ノリノリで風呂場に入っていった。

流し目で見送った後、パラコードブレスレッドを解いて私も風呂場に行き、ターゲットが中にいることを確認したら、洗面所に不用心に置いているターゲットのスマホをポッケに閉まってから、私は仕方なく、シルエットでも艶かしく見せるように服を脱いた。たとえ彼の見えないところでも、素を出してはいけない。

「バスタブに座って、扉に背中を向けて、目を瞑っていてください」

「おや、サプライズかい?」

パラコードブレスレットから解いた紐を一本、両手首に簡易的に巻いて歯で紐を噛んで締め、長い手錠のようにし、シルエットが四角くなっているのを確認したら、自分のスマホに二十分のタイマーをセットして、中に入った。ガララッ。

「やっときたかねミア」

「ねえクリス。感覚って、見えないととてもよく感じれるものじゃないですか」

彼の目を手で押さえ、体をくっつけて私がいることを認識させる。手を外した後は胸を頭につけ、少し、擦り付けた。

「ミア、最高だよ」

「まだ目を瞑っててください。まだ続きがあるの、わかるでしょ?」

耳元で囁いて、彼が息を荒くしながらも、目をまだ瞑っているのを確認したら、少し離れ、両手首に繋いだ紐を輪っかにした。

紐を彼の首にかけてから、手首を回して、短くするように紐を持ち、再度体をくっつくけた。

「次はお待ちかねですよ。私、少しハードなのが好きなんです」

「ああ、僕も好きだよ」

「それはよかった!」

一気に紐で首を絞めあげ、彼が起きあがろうとした瞬間に腰を落とし、きつく締め上げた。

「ミ、ア、ちょっと、ード、ちょっと」

足がバスタブにダンダンとぶつけている音がする。だが次第にその音が弱まり、なくなっていった。

その後はしばらく、首を締め続けなきゃいけない。この時間がいつも退屈してならない。

人は、思っている何倍も頑丈だ。

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