第二章 Bの仕事

 ゼブラがいない。私強引すぎたかな。私の中では結構優しくしたつもりなんだけど。でも、楽しかったからいっか。


急に寒くなって、カゴから折り畳まれたシャツを出す。何度も着ているから首元がヨレヨレ。

わかっちゃいるけど、やっぱり服は綺麗な方がいい。

カゴの中にあったジーパンも履き終わった後、テレビの音が耳に入ってきて、おっ、とリビングに行っても、ゼブラの姿はなかった。

おかしいな、普段勝手に出歩く奴じゃない。


風呂場にも、キッチンにも、ゴミを外に出しているわけでもない。


玄関を閉じて、足元を見ると、靴が一組ない。


とうとう嫌気がさしたか。

うまくいかないイライラと同時に、テレビの音しか聞こえない寂しさが、私をよりイライラさせた。

腹いせに、ゼブラから受け取った缶ビールを飲もうとして取っても、思ったより軽く、その辺に放り投げた。

飛んだ缶ビールはおきみやげとして、私の履いているジーパンを少し汚した。

すぐに、瞬きをするように舌打ちが出た。


パン屑のついた食器もやりっぱなしになっているし、服も脱ぎっぱなしだ。

全部やりっぱなしにするなんて、ゼブラらしくない。

でも今は、痕跡があるのが嬉しかった。

食器を下げて、置いてた服を拾い上げて、鼻に当てる。

小さいゼブラが私の体の中を駆け巡る妄想をして、我ながら気持ち悪いなとクスクスと笑ってしまった。


 正面にあるテレビでは、夜中にゲリラ豪雨が降るという予報にまたイラついて、テレビを直接消し、スマホを確認した。


今日は依頼が二件。また夜勤コースか。しょうがない。

こっちが家を知らせてないからって、遠いのはうざいんだよな。

ゼブラの服を私の布団に放り投げ、私の愛用のブルゾンを着て、玄関に向かった。

ボロボロのスニーカーを履いてトントンとしてから、ドアノブを握ると、今日は異様に冷たく感じた。


無意識に振り向いて、手を少し上げたが、手を振る相手は、今日はいない。


欠け始めて白く透き通る月を見ながら、そういえばこの前は久しぶりにちゃんとした太陽が見れたな。とゼブラとカフェに行ったことを思い出した。


おどおどしているゼブラって可愛いんだよな。スーパーの時は思わずビールを開けてしまった。月もゼブラに見えてきた。なんか私気持ち悪いな。

赤信号を無視して駅に着くと、改札から出てくるのは疲れ切った顔をしたサラリーマンか、自分とお酒に酔っ払ってる奴らしかいない。


キモいなあと思いながら素通りして、私も財布をタップして改札を通る。財布の中からでも認識することを最近知った。


ああ寒い。回送電車が通過して送られる風は、どうしても堪える。わざとやってるだろ。上着を体全体に巻くようにギュッと縛って寒さに耐え続ける。

特急のアナウンスが鳴った。早く来いと、体を曲げて顔だけ黄色い線を越え、こっちに来る電車に注目した。

光がゆらゆらとしか動かなかった小さい電車は、みるみる大きくなり、車掌の顔が見えた瞬間に体を引っ込めた。


フォン!と私に命の危機をお知らせしてくれて、長い長い電車が、ゆっくり、少しずつ、ガタン。ゴトン。と止まった。


ドアの横にもたれて、人が出るのを待ってから、入ってすぐさま椅子の近くに立った。動いた瞬間、グッと電車に押され、反射で手すりを掴んでやり過ごした。

いつも乗ってるのに慣れないな、コレ。でもいつも乗ってる電車のいつもの背景は、どんなに綺麗な景色でも、毎日見ると見飽きてしまう。変化してったらいいのに、燃えたりとか。


見慣れた景色と裏腹に、私の尻に慣れない触感が伝わる。心の中で大袈裟にため息をつく。ギロっと見てみると、優しそうな上司みたいな顔をしている奴が、スマホを見ながら鼻の下を伸ばしていた。


キモいなあ。私はそっと手を払ってみる。痴漢の手は一度離れたが、再度また触ってきた。そんなに感触がいいのか私の尻は。しかし、またゼブラの赤面を思い出し、私はにやけそうな顔を歯を、食いしばって耐えた。


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