人体実験

「左様でございますかそれでは参りましょう」


サンドラは振り向いて、コツコツを歩き始めた。また長い廊下をサンドラの足取りに合わせてついていく。

世界樹が見えて、どれだけでかいのか上を見上げると、枝葉が壮大に広がっていた。その枝葉の間から、ダグラスが偉そうな人たちと話しているのが見えた。

ガタイが良いのですぐにわかる。


ここで働いているのか。表情までは見えなかったが、同じような服を着ている人たちがダグラスにぺこぺこお辞儀をしているのが見える。やっぱり随分と偉い人なんだな。


「ねえねえ、サンドラってダグラスと親戚って本当?」


「いいえ、厳密にはダグラス様のご親戚に拾われた身です。血縁関係はありません」

俺はまた、Bのことを思い出した。大雨の中、俺を見つけてすぐ引っ叩き、連れて帰られた時のことを。

「俺と一緒だ」

サンドラは相槌一つせず、ただ黙々と歩いていた。

部屋に戻る。と思ったら、着いたところは、黒い景色から打って変わって、周りにガラス張りの壁が張ってあり、清潔感のある白い扉の前だった。

ガラスの中にいる人も白い格好をしており、さっきまでの景色とはまるで違う。

不安になって、俺はサンドラの裾を掴んだ。

入ると、真っ黒の景色から突然真っ白の景色になり、白衣を着た人たちがガラスの道具で実験らしいことを行っている。


「食事などに支障きたさぬように血液検査。あとは簡単な身体測定にご協力ください」

サンドラの視線は遠くを捉えていた。その先には、お腹に球を抱えたような、白いちょび髭を蓄え、床につきそうな丈の長い白衣を着て、深刻な表情を浮かべるおじさんがいた。

サンドラの瞳の微細な震えからは、わずかながらの反感が読み取れた。

みんなの白衣姿で、俺は人体実験特集の番組を思い出した。


「実験?」


「違います」


「殺される?」


「殺されません」


少し待っていると、白衣を着たちょび髭おじさんが小走りでやってきて、ニコニコしながら両手を使ってどうぞどうぞと案内される。

さっきの真面目な顔はどこに行ってしまったんだろう。

細長い棒が縦にくっついている台があって、そこに背を向けて乗るようにと促された。「体重と身長が同時にわかるのだよ」と白衣のおじさんが機械をポチポチ押しながら説明してくれた。頭にコツンと何かを当てられて、「問題ないね」と言われてから、次は目を見ると言われ、忙しいなと思いながら、目を回した後、なぜか遅い小走りをしているおじさんについていった。


ゴツい機械に顎を乗せて、遠くの気球を見るように言われた。

道路の奥に、赤と白の縞々の気球が浮き始めたのか、沈んでいくのか、こっちに来ているのか、はたまた離れていくのか。

ぴゅっ。急に目に空気を吹きかけられてびっくりして、目を抑えた。


やっぱり実験か?


「最後に血液検査をしますね」とこの部屋に合う、まさに実験のような椅子に座らされた。ふわふわしていて、腰をかけたら椅子の形が変わっていき、ここで寝れるくらい居心地が良くなった。ふわふわに包まれながらなんとなくぼーっとしていたら、おじさんが俺の両腕を取って伸ばしながら


「こっちかな」


と言った途端、俺の腕に何かを塗ると、急に針状の武器を取り出し、俺の腕を攻撃してきた。

痛い!やっぱり人殺しだ!


「サンドラ!サンドラ!」


俺は必死におじさんの手を振り払って、サンドラを呼び続けた。


「危ないです!周りの方の迷惑にもなりますし、どうなさいましたか?」

「殺される!」

俺はおじさんが持っている武器を必死に指差す。


「注射です。言ったでしょう血液検査すると。血を抜いてアレルギーを調べるんです。大丈夫ですから」


「サンドラちゃんもすっかり頼られるようになったなあ。大丈夫ですよシモ様。痛くないように頑張りますから。さ、腕を出して。ああ、その前に血を拭かなきゃなあ」


俺の腕から血がチョロチョロと流れている。怖い。死んじゃう。

敵になりかけたおじさんにティッシュで拭いてもらってから、「とりあえず目を瞑ってて」と言われたので、ぎゅっと瞑り、深呼吸すると、また何かを集中して塗られている感覚がする。注意を逸そう。

耳を澄ますと、水が蒸発する音や、ウィーンウィーンと機械音がなったり、なにやら難しそうな話が聞こえてくる。


痛っ!


やっぱり攻撃してきた。俺は目を閉じ切ってしまい、もっと瞑れないかと顎を引く。それでも怖くて、サンドラのいた方向に左手を伸ばした。右手はあいにく動いたらさっきのことになりかねない。サンドラの腕らしきものを掴むと、俺の手が急にポンポンと優しく叩かれる。そのおかげか、少し落ち着くことができた。


「やっぱりか……」


腕の痛みがなくなると、何かを急に貼られた。


「はい大丈夫ですよ。よく頑張りましたね。アレルギーはハウスダスト、ダニ、ゴキブリ。早いでしょ?うちは最新技術が使われているからね。これで病気なったら珍しいから、また検査させてね」


攻撃してきた人に優しくされた後、脅されて、なにを考えているかわからないおじさんにもう話しかけたくなくて、無視をしてサンドラについていった。サンドラは扉の前でお辞儀して、元の道に戻っていった。周りを見ながら戻っていると、さっき俺の実験をしたおじさんが、まだこちらを見つめていた。

目が合った瞬間にそらして、またサンドラの袖を掴んだ。


部屋に戻ると、知らないメイド達が俺の食事の準備をしてくれていた。

誰かにご飯を準備されるのは、Bがパンを用意してくれた以来二回目だ。

俺が来たことがわかると皆がお辞儀をした。そしてテーブルと椅子を半円で囲うように皆が一歩引いた。

俺が席に向かうと、少しシワが目立つメイドが椅子を引いてくれた。


「アレルギーなどはございませんでしたか?」


「食べ物に関しては問題なさそうです。ディナーのご紹介をお願いします。」


サンドラが淡々と俺の代わりに答えると、シワのあるメイドの顔がキッと少し険しくなった。ここに来てから、みんなの顔がちょっと怖い。しかしすぐに戻り、銀色のボウルを開けてもらうと、煙を蒸したデカい肉が俺の前に現れた。油のいい匂いが鼻の中を充満して、一気に唾液が口内で溢れ出す。ワインと水と牛乳が同時に注がれて、どれを飲めばいいかよくわからない。


「こちらは日本のヒョーゴというところから生産されているコービービーフでございます。サーロインをミディアムに仕上げました」


というところまではちゃんと聞いたが、その後は何を言ってるかさっぱりだったので、野菜だのワインだの説明は頷くだけ頷いて一切聞かないことにした。


「それでは、失礼します」


とメイド達がお辞儀をして、部屋をぞろぞろと出ていった。


ナイフとフォークの使い方に戸惑っていると、サンドラがそっと近づき、手際良く肉を切り分けてくれた。

サンドラの髪は、鼻につかない爽やかな花の匂いがさらりとしていて、サンドラを見ると、整った長いまつ毛と綺麗な目に吸い込まれそうになる。ずっと見ていたからか、サンドラが目を合わしてきた。さっきのおじさんとは違って、少しサンドラを見るのが恥ずかしくなり、そっぽを向いた。


肉の匂いに誘われてコービービーフとやらを見てみると、薄い血が流れていて、一瞬固まったが、もう一つあったフォークで目を瞑りながら食べた。


何これ。下にどんどん溶け始める油を逃すまいと噛むと、自然に切れて油がじゅっと出てきた。

溶けそうなのに味はダイレクトに感じる。

ハムと違ってお肉としての味わいがより上品に出てくる。

鼻に吹き抜ける肉の匂いがとても心地が良くて倒れそうになった。

牛乳も一気に飲むと、味の濃さに口びっくりして一瞬吐き出しそうになった。甘い。Bの家で飲んでいた牛乳とは格が違いすぎる。あれ、サンドラがいない。

キョロキョロ探して腰を曲げると、俺の真後ろに立っていた。


「お行儀が悪いですよゼブラ様」


近づいて、俺の顔を確認してきた


「サンドラはご飯は食べないの?」


「はい、私たちメイドの食事時間は、ゼブラ様とは別ですので」


ナプキンを取り、俺の口の周りを拭き始める。


「いつ?」


「ご入浴されているときにいただきました」


「みんなで?」


「一人です」


「サンドラは嫌われているの?」


サンドラの手が止まり、体勢が戻り、メイドたちが出ていった扉を見始めた。


「はい。おそらく嫉妬でしょう。ゼブラ様が最初にご覧になられた私を含め三人は、ダグラス様選りすぐりのメイド達です。若くて綺麗で優秀。正直ダグラス様の好みでしょうが、どんなに長く働いていても、選ばれたからには専属メイドは位が高いのです。私も、今日からゼブラ様の専属メイドになり、四ヶ月弱で、三番目に偉くなってしまいました。二十歳で一回も働いたことない私がコネで急に偉くなってしまい、従わざるおえないメイド達は、それはもう嫉妬の嵐でしょう」


「偉いから嫌われているってこと?」


「そこまでの理解で結構です」


ナプキンを置いた後、サンドラは牛乳を注ぎ、軽くお辞儀をして、また後ろに戻った。


俺はさっきの衝撃が忘れられず、牛乳をまじまじと見つめた。


「見た目は同じなのに、全く違う時があるなんて不思議だよね」


「そういうのを、裏切り者と呼ぶ人もいます」


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