新居

エレベーターに乗り、しばらく、二人きりの時間が続いた。

こういう時に、何を話せばいいんだろう。

上に上がるにつれて、だんだん気分が悪くなってきた。

エレベーターに手をかけて、サンドラを見てみるが、彼女は一才動くそぶりを見せなかった。

エレベーターが止まり、「十階です」というアナウンスが聞こえ、自動ドアが開いた。

サンドラの一定の足並みについていくと、周りには、黒を基調にした近未来的な壁や床、奥にはとてつもなくでかい木が真ん中を牛耳っている。


「これは?」


「世界樹の成長促進実験の途中経過です」


何を言っているのかさっぱりわからなかったので、とりあえずふーんとだけ言った。木はデカいし、周りは黒いし、何より綺麗。

一眼ですごいところと思わせる別世界に、空いた口が閉じてくれない。

しかし、同時にBは今どうしているだろうかという心配がまたやってきた。

Bは俺がいて成り立っていたんだ。身の回りのことは全部俺がやってきた。

最悪な環境だったとはいえ、申し訳ない。思わず立ち止まり、足元を見てしまう。


「ゼブラ様?具合でも悪いのですか?」


首を振って俺は俯いたまま動けなくなった。


「そのままでもよろしいので、お部屋に向かいましょう。お手をお貸しください」


と冷静な口ぶりで俺の手を握り、引っ張られながらついていった。

次はBと両手を繋いでいたことを思い出してしまった。

あの時はもっと、絡め合っていて、繋いでいる感じがよかったのに、これじゃまるで鎖だ。


「顔をおあげになってください。こちらがゼブラ様のお部屋です。」


言ってることを理解した上でもBのことを考えてしまい、気持ちが閉鎖的になってしまう。

すると、急に顔を掴まれる感覚がした瞬間、グイッと顎を上げられ、急に絶景が現れた。

わぁ。一面にでっかい水溜りができていて、キッチンのシンクがゴミで詰まった時を思い出す、大きな波が一望できた。

キッチンの時よりももっと鮮やかで空を反転したかのような透き通った色が綺麗。

たくさんの人達が楽しそうに遊んでいる。


「こちらは全て弊社が所有している土地ですので、ゼブラ様は全て無料でご利用できます」


「どういうこと?」


「ゼブラ様は海で遊び放題ということです」


「海って?」


「こちらからずっと奥まで、見える水が全て海です」


「このでっかい水溜りが?」


「……ええ」


思わず走って海に入ろうとしたら、見えない壁にぶつかってしまった。

ガラス?ガラスの壁のようなものに顔を押し付けて海を見ていると、ウィーンという音が近づいてきた。

音のする方を見ると、カーテンで閉じられていき、海が見えなくなって、代わりに部屋全体の電気がぽっとついた。

頭が追いつかない。周りを見回すと、細長いテーブルに合わせて作られたようなかっこいいイス、奥に行くと、前の家よりもずっと綺麗なキッチン。

ずっと目を見開いたまま周りをぐるっと確認した。

前の家よりもずっとずっと。全てが綺麗で広かった。

頭が処理しきれなかったのか、頭から倒れてしまい、ごつんと打って一瞬意識を失った。


「大丈夫ですかゼブラ様」


サンドラがしゃがんで手を貸してくれて、俺に合わせて立ち上がる手伝いまでして、さらにはそのままベットまで連れて行ってもらい、俺はベットに横になった。

何これ。このベットもとってもふかふかしていて、広い。

家にあった布団からは想像できないような透き通った匂いがして、体が沈んで無くなりそうだ。ふとサンドラを見ると、置物のように硬直している。


「サンドラは寝ないの?」


「ええ、今は仕事中ですので」


「サンドラも寝なよ」


俺はサンドラだけがずっと立っているのが少し癪に思い、ベットをポンポンと叩いてみる。


「いえ、ダグラス様にお給仕を頼まれている身ですので」


「いいじゃん広いし、おいで。一緒に寝るの嫌?」


サンドラから、はぁ。と深いため息が漏れて、俺に蔑むような目をしてきた。

サンドラの睨み方はBを思い出す。

俺は急に心臓をガッと掴まれたような気がして目を逸らしてしまった。


「お仕事としては承ることもできますが、せめて、夜にご命令いただけないでしょうか」


少し声が震えている。サンドラの顔を再度見ると、顔を赤ていた。目が合い、サンドラはそっぽを向く。どうしたんだ急に。

サンドラは咳払いをして、いつもの表情に戻った。


「そんなことよりもジブラ様、温泉の準備ができております。長旅で疲れたでしょうから、ゆっくり浸かってはいかがでしょうか、その際、お召し物もお取り替えいたします」


「随分早口だな」


「申し訳ありません」


深々とお辞儀されたが、おそらく顔を隠すためのこじつけだろう。


「ところで温泉って何?」


サンドラは上品に出口を指し、俺はひょいとベットから出て、温泉とやらに行くためにサンドラについていった。

ついていっている間にあった、世界樹とかいうデカい木の周りを通過したのだが、歩けば歩くほど世界樹のデカさに圧倒される。

世界樹をぐるっと回って、反対側まで行き、さっき廊下とは別の廊下へ向かった。

廊下のデザインが一緒で、サンドラがいないと迷いそうだ。

その間、他のメイドたちは俺たちを見るなりお辞儀をしてくる。お辞儀を仕返して、少ししたらくすくすと笑い声が微弱だが聞こえた。

思わず振り向いてムッとした顔を見せるが、振り向いた時には、仕事に戻ってしまっていた。気づかれなかったとでも思っているのか。


「ゼブラ様、お気になさらず、きっと私のことで笑っているのでしょう」


「で、でも」


「ほら、着きましたよ」

背景にピントを合わると、赤と青の垂れ幕にかっこいいデザインがドンっと施された場所に行き着いた。

青い垂れ幕を抜け、サンドラがガラガラと開けると、洗面所が二つ、ドライヤーも二つ、カゴが均等に並べていて、壁の一面だけがガラス張りになっており、ガラスの扉までついている不思議な部屋に来た。


「それでは、ごゆっくりとおくつろぎください」


と小さくお辞儀をしてからサンドラは出ていってしまった。


不安になってとりあえずガラスの奥を見ると、湯気を立てる大きな水溜りがまたあり、よく見るとその中にダグラスがが入っている。

何やってるんだ?鏡を邪魔に思いながらも、周りを確認すると、シャワーヘッドが見えた。

これ、デカい風呂なのか。とりあえず、服を脱いでカゴに入れ、ガラスの扉を引き、中に入った。


「やあゼブラ。こっちにおいで」

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