五年三組、危機一髪!!

和田ひろぴー

第1話

 冬の教室はストーブが焚かれていて、とても温かかった。五年三組のクラスでは、算数の授業を行っていた。

「あ、しまった。」

担任が板書をしている最中に、何か忘れ物をしていたのに気付いたらしかった。

「えー、先生は今から職員室に戻るから、その間、今やってる問題の続きを、各自でやっておくように。いいね?。」

「はーい。」

先生の指示に、生徒達は一斉に返事をした。

「ガラガラガラ。」

先生は落ち着いた様子で戸を開けると、静かに戸を閉めて退室した。そして、

「パタパタパタ。」

と、外には廊下を駆けてゆく足音が響いていた。

「何忘れたんだろう?。」

「新しいプリントかな?。」

「トイレだろ。きっと。」

「大かな?、小かな?。」

「はははは。」

先生がいなくなった途端、一部の生徒達は雑談を始めた。何時戻って来るか解らないながらも、急に戻って来て、課題をやってないことを叱られるのが怖かった子達は、黙々と問題集を解いていた。

「なあ、オマエ、ボール持ってただろ?。」

腕白な太(ふとし)が、後ろの方に座っている悦(のぶ)にたずねた。

「あるよ。」

「それ、放ってくれよ。」

「OK!。」

二人は束の間の自習を楽しもうと、席から立ち上がってボール遊びを始めた。

「やめなよ!。」

学級委員の時子が二人を諫めた。しかし、二人は彼女の言葉を聞くどころか、ボールを投げる勢いは次第に増していった。

「バシッ!。」

「バシッ!。」

激しく手に当たったボールは、次第に大きな音を立てていった。

「よーし。今度はカーブだ!。」

二人は教室の前と後ろに別れて速球を投げ合った。たまにエラーして、真面目に問題を解いている生徒の頭にボールが当たったが、二人はお構いなしだった。そして、

「今度はホップボールだ!。」

悦はそういうと、大きく振りかぶって、思いっきり太に向かって低い目のボールを投げた。すると、彼の予告通り、そのボールはバウンドするかと思いきや、そのまま浮き上がって、もの凄い勢いで変化した。

「あっ!。」

太はそのボールを取り損ねた。そして、

「ガシャン!。」

そのボールは太の手から弾かれて、先生の机の上に置いてある花瓶に当たってしまった。

「わーっ!。」

硝子製の花瓶は横倒しになったが、下に落ちること無く難を逃れた。

「ふーっ。危ねっ。」

花瓶が割れていないことに、太はホッとした。しかし、

「あーっ!。」

最前列に座っていた女子が、思わず声を上げた。何と、花瓶から流れ出た水が、先生のノートPCの下に流れていったのだった。

「わっ、ヤベッ!。」

太は慌ててその辺にある紙でPCの周りの水を拭き取ろうとした。画面はONになっていたが、水が染み込んだらしく、次第に奇妙な点滅を始めだした。

「わ!、どうしよう。何か先生のPCが変なことになってるぞ。」

それを聞いて、一緒にボール遊びをしていた悦も駆け寄ってきた。

「わわわわっ。」

悦は自分が投げたボールのせいで、先生のPCが可笑しくなったことに焦りだした。すると、

「太がちゃんと取らないからいけないんだぞ!。」

と、悦はPCの不具合を太のミスキャッチのせいにし出した。

「馬鹿いえ!。オマエがあんな変なボール投げるから悪いんだろ!。」

太もまた、自身が悪く無いことをアピールし始めた。それを聞いていた周囲の子達は、子供心ながらも、

「何て醜い争いだ・・。」

と、半分無視しながら、静かに課題に取り組んでいた。二人は懸命に濡れている部分を衣服や雑巾で拭き取り、その都度、PCの不具合が元に戻ることを祈っていた。

「あ、太。画面がどんどん暗くなってくぞ。」

悦は泣きそうになりながら、太に伝えた。

「ちきしょう!。どうすりゃいいんだよ・・。」

日頃は肝っ玉の据わっている太も、この時ばかりは眉間に皺を寄せて、途方に暮れていた。すると、

「自業自得だろ。」

と、左端の列に座っていた英(すぐる)が冷たくいい放った。

「何だと!。」

「だって、そうじゃないか。問題をやっとくようにいわれてたのに、オマエらが勝手にボール遊び始めて、で、そうなっちゃったんだろ。そういうのを自業自得っていうんだよ。」

切れ者の英は、日頃は太達に優位な立場に立たれていたので、この時とばかりに太を責め立てた。返す言葉を失った太は、英の元に駆け寄ると、胸ぐらを掴んで拳を上げた。

「もういっぺん、いってみろ!。」

太は逆ギレして英を殴ろうとしたが、教室にいたみんなが証人だった。この事故は、明らかに二人の悪さのせいで起きたもの。それを諫める英に、何の落ち度も無い。太の行為は理不尽さに輪を掛けた。すると、右端に座っていた真(しん)が、そっと立ち上がって、先生の机の所までやって来た。

「あー、これね。よくあるやつだわ。」

真は落ち着いた様子で、不安定な画面を眺めながら、状況を分析しているようだった。太と悦はそれを聞いて、

「よくあるって、この状態のことか?。」

「うん。PCやってる最中に、ジュース零すとか、よくあるでしょ。」

と、真は淡々と答えた。


 坊ちゃん刈りで眼鏡を掛けた、何処の教室にでもいそうな、極めて大人しいキャラの真。彼はそのイメージを裏切らなかった。

「じゃあ、この点滅、元通りになるのか?。」

太は縋るように真にたずねた。すると、

「うーん、どうかな。まずは、暗い画面を少し明るく・・、」

そういいながら、真は勝手に先生のPCを触りだした。

「駄目よ!。先生の許可無しに、そういうことしちゃ。」

学級委員の女子が甲高い声で真を諫めたが、真は眼鏡を直しながら、

「キミって、そんな風にいうだけな。」

と、幾分嘲笑の籠もった眼差しで彼女を見つめた。そして、再びキーボードを操作しながら、

「うん。明るさの調節は何とかなった。」

と、そういいながら二人を安心させた。

「よーし。よくやった!。でも、まだ画面が点滅してるなあ・・。」

太は元通りにならなければ、先生に見つかって叱られると、まだ気が気じゃ無かった。すると、真はPCの横に手を掛けると、軽く持ち上げた。

「ははーん。この隙間から中の基板に水が染み込んだのかも。」

そういって、二人に濡れている部分を見せた。しかし、それを見た所で、二人にはそれが何をどう不具合を引き起こしているのか、サッパリだった。

「誰か、ティッシュある?。」

真が前列に座っている子達に声を掛けて、ポケットからティッシュを集め出した。そして、濡れている部分の隙間みティッシュを当てて、水がしみ出してくるのを待った。その様子を、太と悦はジッと見つめていた。

「やっぱりな。結構染み込んでるみたいだよ。」

真の言葉通り、乾いたティッシュは見る見る染み出てくる水で黒くなっていった。それを何回か繰り返すことで、ティッシュもあまり濡れなくはなったが、それでも画面の点灯状態は収まらなかった。

「どうする?。これ、絶対バレるぜ。」

「うーん・・、」

太の言葉に、悦は思考停止状態で唸るしか無かった。

「正直に謝りなさいよ!。」

さっき真の言葉に押されていた学級委員の女子が、再び甲高い声で二人を諫めた。もしこのまま不具合が直らなければ、それもやむなしかと、二人はそう思いかけていた。PCを見ている真以外に、最早二人の味方になってくれそうな子は誰もいない、そんな雰囲気だった。と、

「あ、これは・・、」

真はキーボードを操作しているうちに、何かを見つけたようだった。

「何?、どした?。」

太が心配になって声を掛けると、真は眼鏡を直しながら、幾分にやけ顔で振り返った。二人は何だろうと思い、PCの画面を見た。

「あっ!。」

悦は思わず声を上げた。其処に映し出されたのは、紛れもない、アダルトサイトへの入り口だった。同時に見ていた太は、それ以上悦が声を立てないように、彼の口を手で塞いだ。すると、

「これ、いつも先生が持って来るPCと、機種が違うね。」

真がいい出した。クラスのみんなは気付いてなかったが、PCに明るい真は、遠巻きながらも、そのことは感じていたようだった。そして、中に入っているアプリを見るうちに、そのことが確信に変わったようだった。

「何何何?。」

三人の異様な雰囲気を察して、クラスの子達が一人、また一人と席を立つと、PCの周りに集まった。

「わーっ!。」

「わーっ!。」

画面に映し出された女性の露わな画像に、思わず叫び出す生徒もいた。しかし、気の利いた男子達が、そんな子らを押さえつけて、協力して口を塞いだ。

「こーれは、マズいぞ。」

真は腕組みをしながら、静かにそういった。その様子に最後まで座っていた女子達も、次々に席を立ってPCの所までやって来た。

「キャーッ!。」

「ちょっと、アンタ達、何見てんのよ!。」

「へー、先生も、こんなん見てんじゃん。」

女子の反応は、純真な子から、日頃から慣れ親しんでるといった子まで、様々だった。すると、

「これ、先生の私物だよね?。だとすると、この状況は非常にマズいよ。」

真は再び、腕組みをしたまま、そういった。

「マズいって?。」

太がたずねた。

「男にとって、こういうのって、お宝だろ?。そして、これは先生の持ち物。その中に、先生の宝物ともいえる画像が入っていた。それが見れなくなったら、どうなると思う?。」

真は意味ありげな言葉をいいながら、二人を見つめた。

「そりゃ、宝物が台無しになったって、怒るだろうな。」

太がそういうと、真は眼鏡をかけ直して、

「甘いな。」

と、一蹴した。

「いいかい?。先生といえば教師であり、いわば聖職だよ。」

「せいしょく・・って?。」

「ま、真面目で尊い仕事ってことさ。表向きはね。」

「表向き?。」

「うん。真面目な顔をしていなきゃいけない。そういうこと。で、それって、好きなことも我慢して、そんな風にしてなきゃいけないから、いつしかストレスも溜まってくる。すると、どうなる?。」

見た目に反して、極めて大人びた質問を、真は太にたずねた。


 太も高学年の男子生徒。真のいわんとすることは、何となく理解出来た。

「そりゃやっぱり、どっかで発散を・・、」

そういいかけたとき、周りで聞いていた女子が、

「そんな話、やめてよ!。」

と、嫌悪感を示し出した。すると、

「ね。こんな風に、大抵は彼女のような女子が、聖職者の表の顔を作り上げちゃうんだ。」

と、物事の真理にほど遠い彼女を、間接的に詰った。そして、

「まあ、男というのは、兎角、そんな風にストレスを溜めないようにあれこれする。そして、先生の場合は、これさ。」

そういいながら、真は人差し指で画面を指差した。

「じゃあ、何が何でも、元通りに戻さなきゃいけないな!。」

「その通り。」

太の推理に、真は大きく頷いた。

「これは最早、太君達だけの問題じゃ無い。今後も先生が、この学級を上手く運営出来るかどうかの、そういう一大局面に関わる問題だ。」

人差し指でメガネの真ん中をサッと直しながら、真は決め台詞を吐いた。

「じゃあ、もし、PCが元通りにならなかったら・・?。」

悦は恐る恐るたずねた。すると、真は立ち上がりながら、

「発狂するね。少なくとも、ボクなら。」

と、真は腕組みをしながら胸を張った。大事にしていたエッチな画像の在処が台無しにされた男の心理を代弁するかのように、真はいい放った。

「それって、タダの変態じゃん!。」

散々やり込められていた学級委員の女子の女子が、ここぞとばかりに反撃を加えた。

「ははは!。変態だってよ!。」

「ホントホント。ははは!。」

緊迫した雰囲気の中にも、いや、緊迫した雰囲気だからこそ、緩和を求めるべく、真の格好付けた台詞に笑いが起こった。すると、

「いや、真のいう通りだよ。男にとって、こういうのは大事だからな。」

と、さっき太と揉めかけていた英が、真の肩を持った。

「だよね。」

「うん。」

二人は妙な所で意気投合した。そして、

「何にしても、この不具合をどうするか・・だな。」

「うん。」

英は真に、今すべき事は何かについて、確認し、真はそうだという表情で深く頷いた。そんな男子達の様子に呆れる女子もいたが、先生の大事な私物を何とかしなければという思いは、次第にクラス中に広まっていった。

「で、どうするの?。」

問題を解決すべく、乗り気になった女子の一人がたずねた。

「まず、現状から考えよう。先生は今、職員室にいってる。そして、必ず此処に戻って来る。それまでが、我々に許された時間だ。」

「許された?。」

「いや、そこ、突っ込むなって!。」

真が格好良く分析しながらいった台詞に茶々を入れる生徒もいたが、今は真の力に頼るしか無いという雰囲気が占めていた。すると、

「よし。戸の近くにいる女子。少し戸を開けて、先生が戻ってくるまで見張ってて。」

と、英が指示を出した。そして、

「PCに関して頼れるのは、真しかいない。だからキミは、どうすればこの不具合が治せるのかを真剣に考えてくれ。」

「OK!。」

「後のみんなは、先生が戻ってきても怒られないように、問題集の続きをやってるように見せよう。」

「うん。」

「了解!。」

英の統率で、クラス内に一気に連帯感が生まれた。しかし、今回の事態を引き起こした張本人の二人は、手持ち無沙汰なのが何処となく申し訳無かった。

「オレ達に出来ること、無いかな?。」

太は英にたずねた。しかし、

「残念だけど、真以上にPCに詳しいかい?。」

英は率直にたずねた。その言葉を聞いて、二人はガッカリしながら、

「無い・・・。」

と、力なく答えた。しかし、

「いや、ある。」

真が突然いい出した。

「この画面の不安定さは、まだPCの内部に水が残っていて、それが基盤の働きを不安定にさせてるんだと思う。なので、それを直す方法はただ一つ。」

真の言葉に、二人は固唾を飲んで目を見張った。

「それって・・?。」

英がたずねた。

「乾かす。それも、出来るだけ速やかに。それには二人の協力が必要だ。」

そういうと、真はアダプターに接続されているPCから線を抜くと、太と悦の二人に両側からそれを持つように指示した。そして、

「いいかい?。基盤ってのは、超デリケートな構造物だ。それに急激に熱を掛けなながら、内部に染み込んだ水分を蒸発させる。早すぎても遅すぎても駄目だ。常に一定の温度で水分を蒸発させる。いいね!。」

「了解!。」

「了解!。」

最早、真の指示に従うしか無かった。いや、真を信じるしか無かった。二人は見つめ合いながら、PCをストーブの上方に持っていくと、一定の高さを保ちつつ、必死に耐えた。

「いいかい?。手が熱いと思ったら、少し位置を上げて。躯体が金属で出来てるから、その部分は曲がらないけど、逆に内部は半導体やプラスチック部品が殆どだから、金属が熱くなってしまったら危ない。解けてしまったら一巻の終わりだよ!。」

真は真剣に二人に手の位置とPCの温もりを確かめるように指示した。二人は従順に、真の指示に従った。そして、英は戸口に立つ女子に外の様子をたずねつつ、ストーブの辺りで先生のお宝を台無しにさせないように、真剣に祈りながら様子を窺った。


 不思議な連帯感は、その後も続いた。みんな、それぞれに与えられた役割分担をこなしながら、PCが元に戻るように、先生がエッチがな画像が見れなくなって発狂しないようにと、いつになく真剣で静かな自習時間となっていた。不謹慎な生徒は、

「毎回、こんなことが起きれば、静かに自習するのになあ・・。」

と思う者さえいた。それぐらいに、教室内は静まり返っていた。

「どう?。」

両側でPCを支えていたため、画像を見れなかった太が真にたずねた。

「うーん、さっきより暗いのは、アダプターからバッテリーに切り替わったからだけど、画面の明暗がフラつくのは、まだ収まらないなあ・・。」

「えー、マジかよーっ。どうするよ?、このままだったら。」

弱気な太の発言に、

「いいかい?。今はただ、ひたすらに信じること。それしか無い。元はといえば、キミ達が引き起こしたことだろ?。その張本人がそんな気持ちじゃ、贖罪にはならないよ!。」

「しょくざい・・?。」

「食べる物じゃ無いから。」

無知な太の質問に英は空かさず突っ込んだ。そして、両脇でまるでお供物を掲げる臣下の中央に位置する司祭のように、真は真剣にPCの画面を見つめながら、点滅具合を確かめた。

「よし!。だいぶ、画像が安定してきたぞ。」

「ホントか?。」

「ああ。さっきより、揺らめきが小さくなってきた。中の水分が蒸発して、余分な電流が流れなくなった証拠だ。」

真は可能な限り、キーボードを操作し、他に不具合が現れないかも丁寧にチェックした。幸い、いうことを聞かないキーは無かった。と、その時、

「足音だ!。」

戸口に立っていた女子が、小声でそう伝えた。

「ヤバイ!。戻って来た!。」

太と悦は顔を見合わせて焦った。しかし、真は動じずに、

「まだだ。まだ画面は不安定だ。ギリギリまで乾かす!。」

と、その姿勢の続行を伝えた。二人は狼狽えながらも、真の言葉を信じて、腕が震えるのも我慢して、必至でPCをストーブの上に掲げ続けた。すると、

「あれ?、違う先生みたい。」

と、戸口の女子が、別の先生の足音を聞いていたのに気付いて、そのことを真達に伝えた。

「ふーっ。命拾いしたな。」

それを聞いて、両脇の二人も、そして英以下、クラスのみんなも、ホッと胸を撫で下ろした。と、その時、

「それにしても、先生、遅いな。もう二十分以上も戻って来ないぜ。」

一人の男子生徒が、何気に呟いた。それを真は聞き逃さなかった。そして、

「ヤバイな。」

と、英の方を見て、一言いった。

「何が?。」

「連帯が解けた時、先生はやって来る。そういうものだ。」

真は真剣にPCを操作しながら、みんなの気持ちが一つになっていないというのが分かったとき、まるで魔が差したように事態は終わると、そういいたかった。そして、その言葉は次第に現実のものになり始めていた。

「ちょっと待って。何か別の足音が聞こえる・・。」

戸口の生徒が再び、そう伝えてきた。気が気じゃなくなった英も、戸口の方まで歩み寄ると、顔を出さない程度に戸の隙間かから足音に聞き耳を立てた。

「トントントントン。」

明らかに、誰かが下から上がって来る足音だった。彼らのクラスは三階。そして、職員室は一階に位置していた。この足音は、まだ一階辺りの音だろう。英はそう感じていた。

「トントントントン。トントントントン。」

階段のカーブの所で、時折陞足音が途絶え、そして再び、上る音が聞こえた。

「上がって来るな。しかも、草履履きの音。間違い無い。先生の足音だ。」

英はそういうと、真の方を見た。しかし、真は相変わらず真剣な表情でPCと格闘していた。その様子から察するに、彼はまだ画面の不安定さを解消出来ていない。内部の水分は、そう都合良く蒸発してくれるものでは無いのだろうと、英も思わず弱気になった。その目の光りの弱まりを、真は見逃さなかった。

「英。今、もう駄目かもと思ったろ?。」

真の指摘に、英は思わず、

「ゴメン・・。」

と、小さく謝った。しかし、真はそのことを咎めなかった。

「いや、いい。人の心とは、弱いものさ。どんなに信じていても、ふと弱気になることもある。でも、此処にいるみんなが味方だ。いいな?。」

そういうと、真は英の目を真っ直ぐに見て、そういった。

「うん。解った。」

英は直ぐさま真剣な目つきになると、みんなと気持ちを一つにした。

「どうしよう・・。足音がドンドン近付いてくる。」

戸口の女子が狼狽えたような声で、そういった。しかし、真は慌てなかった。

「当たり前だろ。先生は用事で職員室にいっただけだから、必ず戻って来る。そのことは最初から解ってたはずじゃ無いか!。」

真の激は、もはや全てを率いるリーダーの如く、みんなの胸に響いた。エロ画像を先生の手から失わせないために、敢えて再び一丸となろう。そして、この難局を、みんなで乗り切ろう。そういわんばかりに。


 外からの足音は確実に教室に近付きつつあった。外を覗いて、その距離感を確かめたい女子と英だったが、先生と目が合ってしまっては、元も子もない。これまでの苦労が水の泡だ。みんなが先生のいいつけを守って、静かに自習しているという隠蔽工作が大無いしになってしまう。それだけは是が非でも避けたかった。

「どう?。画面の具合は。」

辛抱溜まらず、英は真にたずねた。

「かなり安定してきた。あと少し!。」

「よし。」

二人のやり取りを聞いて、手の疲れがピークに達していた太と悦は、お互いに見つめ合うと、気合いを入れ直して、PCをしっかりとした腕の角度で掲げた。もはや教室に、他のことを考える生徒など、一人もいなかった。どうか、先生が到着するまでに、PCが乾いて不具合が無くなりますように。それは祈りにも似ていた。と、その時、

「アッハーン!。」

二人が掲げるPCから、何とも艶めかしい女性の喘ぎ声のようなものが大音量で響いた。みんなはドキッとなった。

「・・・今の、何?。」

英が思わずたずねた。

「あは。ゴメン。エロサイトのログインボタン、押しちゃった。」

そういいながら、真は頭を掻いて照れ笑いを浮かべた。すると、学級委員と英が真の元に駆け寄って、

「いい加減にしろっ!。」

「いい加減にしろっ!。」

と、ほぼ同時に真の胸ぐらを掴んで詰め寄った。

「ご、ゴメンよ。でも、ちょっと緊張が解れたろ?。」

その騒動に、教室中も少しザワつき出した。すると、

「ちょっと、もう足音が三階辺りまで来てるわよ!。」

戸口の女子が真達に必死に伝えた。

「で、どうなのよ?。」

学級委員の女子も、真の胸ぐらを持ったまま、仕上がり具合をたずねた。

「あとちょっと。画面の揺らぎはかなり小さくなったけど、まだ内部に水が残ってるんだ。その影響が出てるんだと思う。それさえ乾けば・・。」

確かに、このまま乾かし続ければ、水は必然的に蒸発する。しかし、彼らにはもう、その時間が無かった。

「もう草履が床を叩く音がしてるよ!。」

それは、先生が階段を上り終えて、廊下のストレートに差し掛かったことを意味していた。端から一組、二組、そして三組。距離で概ね二十七メートル。大人が歩む速さは約秒速一メートル。残された時間はザッと見積もって三十秒弱だった。

「くそーっ、オレ達が四組だったら・・。」

「いや、今そんな非現実的なことをいってる場合じゃ無い!。」

「もう正直に話して、先生に謝っちゃえよ。」

重苦しい空気の中、生徒達の意見は分かれ始めた。と、その時、

「なあ、PCの下側が熱いよ。ストーブに近付けすぎたかな。」

「馬鹿!、早く上げろ!。」

悦のだれた腕が下がったせいで、底の金属が過熱気味になっていた。と、

「そうかっ!。」

真は突然、閃いた。そして、

「よし、ご苦労さん!。PCを先生の机の上に置いて、全員座ろう。」

と、前に立っているみんなに声を掛けた。

「え?、だって、まだ中に水が・・、」

「PCは、余熱で乾く。そのことに賭けるんだ!。」

真はそういうと、両脇の二人からPCを受け取り、それを先生の机の上に戻すと、コードを接続し直して素早く席に戻った。そして、

「余熱で乾く!。」

真は祈った。それを聞いた生徒達は、誰からとも無く、

「余熱で乾く!。」

「余熱で乾く!。」

「余熱で乾く!。」

と、まるで大聖堂のミサの如く、此処の呟きが大きな祈りとなって、教室中に重低音で響いた。と、その時、

「ガラガラ。」

教室の戸が開いて、先生が戻ってきた。みんなは何事も無かったかのように、次週の課題をこなしていた。すると、先生は席に着くなり、PCの画面を開いた。

「あれ?。」

先生は何らかの異変に気付いたようだった。しかし、もう手遅れだった。みんなの努力は水泡に帰すのか。やれるだけのことはやった。水分も恐らく飛んだだろう。なのに、これ以上何の落ち度があるというのだ。真は全ての行程に完璧の自信を持っていた。それでも先生の疑問符。

「あの、何ですか?。」

真は先生の抱く疑問が何処にあるのかを確かめたかった。

「いやあ、このPC、どうやってロックを解除するんだったかなって。」

先生は不思議なことをいい出した。

「え?、だって、それ、先生のPCでしょ?。」

真はたずねた。

「いや、先生のは昨日、濡らして壊れちゃったから、同じのを持ってる友達に借りたんだ。」

途端に、教室中から、

「ズッ。」

という、椅子から体が滑り落ちる音が鳴り響いた。生徒全員の分の。

「先生ーっ・・・・・!。」

太は、悦は、英は、そして真は、涙目になりながら、絞り出すような声でいい放った。

 外は寒空。そして、教室はストーブが生徒達を包み込むように、暖かさを振りまいていた。五年三組は、今日も平和だった・・・。

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