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 充実した日を送りラキとリアと別れ帰路につく。

 馬車の中で四人で今日のことを振り返っていると急に馬車の速度が上がり皆が驚いた。対面のミュラがアスナと手を繋ぐ。同じタイミングでティアラはソフィアの手を繋いだ。

 急に現れた、馬車の中を覗くように顔を張り付けた白い仮面。それはフード付きの黒いコートを羽織っている。

 それがいなくなったと思ったら大きな衝撃とともに馬車が止まり中はしっちゃかめっちゃかである。勢いよく外側から扉を開けたセスが強ばった顔をしていた。

「ソフィア嬢、早く私の馬にお乗りください」

 差し出された手を掴んだソフィアの体がぐっと引かれる。

 次に来たクラウディアが馬車の中にいるティアラたちに手を差し伸べた。

「わたしの馬に一緒に乗るお姫様は誰かな」

 ティアラたちはお互いに譲り合うので、そんな余裕な時間はないとクラウディアが適当にといった形でミュラの腕を引く。

 セスに誘導されて馬に乗ったソフィアは馬車の近くで二人の騎士があの魔物と抗戦しているのが見えた。ミュラはすでにクラウディアと馬に乗っていて、ティアラもアスナもそれぞれ騎士の馬に乗っている最中だ。

 手綱を引き馬を走らせたセスは高い身長を活かし背後から力強い腕でソフィアの身体を支えている。

「正体不明の者が現れました。今のところあの一体だけですが、仲間がいるかもしれません。ソフィア嬢たちの身の安全を第一に、宮殿へ行きこのことを知らせ騎士たちを出陣させます」

 あれは生を感じられないものだった。姿形は体格の良い人のようなものだったけれど、人ではないと確信を持てるほどの異質な雰囲気を持っていた。魔物だ。

 先ほどケーキ屋の前で別れたラキとリアの姿がソフィアの頭にちらつく。もしあの白い仮面に仲間がいたとしたら被害にあってしまうかもしれない。そうならないために早く宮殿に行き騎士を出陣させるのが最善手なのだろう。

「アスナちゃん!」

 ミュラの声と、馬の鳴き声が聞こえて振り向く。

 魔物と、最後尾のアスナの乗っていた馬が遠くで横たわっているのが見える。

「セスさん……!」

 ソフィアが状況を伝えようとしたとき、後ろに続いていたクラウディアが怒声を出す。

「セス! わたしはあいつを相手にする!」

「ソフィアちゃん、先に行ってて!」

 同じ馬に乗るミュラがクラウディアとともに後方に行ってしまう。お前は隊長に続け、とクラウディアに言われた騎士がソフィアたちの後ろに続く。その騎士の馬に乗っているのはティアラである。

 転んだ馬に乗っていたアスナと騎士と、助けに行ったクラウディアとその馬に乗っていたミュラの姿が見えなくなっていき不安が募る。

「隊長、来ました!」

 騎士の言った対象を確認するため振り向く。魔物が空中を浮いているように迫ってくる。

 隣まで来たときセスがそれの胸を槍でついた。

「くそっ! だからなぜ貴様は死なない」

 まるで一度試したかのような発言だ。

 痛みすら感じていないような魔物は両手を伸ばし横から勢いよく馬を押した。

 落ちる浮遊感。後ろから抱きしめられる感覚とともにソフィアたちは落馬した。

 もう一つの馬の鳴き声はきっと後ろにいた騎士が急に馬の手綱を引いて足を止めたためのものだろう。

 頭への衝撃が少なく目を開けてみると腕がソフィアの頭を守ってくれていた。起き上がり見るとセスが横たわって苦痛の顔をしている。

「セスさん」

 声に反応してセスは起き上がった。すると頭からツーッと血が流れる。

「血が」

「私は大丈夫です。どうかお二人でお逃げください」

 手を握り治癒しようとしたところ、セスは立ち上がって槍を拾い魔物の前に立った。

 馬から降りてきた騎士がソフィアの手を引く。そして空いた席に座るよう促し手を貸してきたので、言う通りに馬に乗る。

「騎乗はできますよね。さあ行ってください」

 動揺を隠せないソフィアたちに、早く、と騎士は念入りに言う。


 一分一秒も無駄にできないという態度にソフィアはそのまま馬を走らせることしかできなかった。

 緊急事態、のときのしてはいけない行動とするべき行動を守らなければならない。してはいけない行動として、独断で動く・発狂する・時間を無駄にする。するべき行動として、冷静になる・一瞬の判断を、そしてそれを見誤らない・騎士の特に隊長の言葉通りに動くことだ。

 聖女活動として教会などをまわることがあるソフィアは騎乗も緊急事態のときのために教わっていた。

 アスナとミュラとクラウディアと騎士三人の安否すらわからない。魔物は最初に会った魔物なのだろうか。そうだとするならアスナたちをスルーしてきたのかそれとも。

 あんな魔物が数体いたとしても悪夢だ。

 恐怖や心配で堪えようにも涙が滲み出る。

「……!」

 魔物が突然目の前に現れて手綱を引こうとしたが遅く、馬がそれと激突した衝撃で体が前方に放り出される。

 どうしてこんなこともうまくできないのだろう。セスがしてくれたようにティアラのことを守ることができたはずなのに。

「ティアラ……」

 身体が思うように動かないのかお互いに手を伸ばす。もう少しというところで届かず、意識も混濁していく。

 そのままソフィアは意識を失った。


 目を覚ましたソフィアは暗い空間にいた。

 蝋燭が廊下を照らしている。道しるべのそれを辿っていくと大きな広間のようなところへ出た。かがり火によって廊下よりも明るいその場に数名がいる。

「無事でよかった……!」

 アスナ、ミュラ、クラウディア、セス、ティアラ。それにラキとリアまでいる。

 もしかしたらと最悪な事態を考えていたのに健康そうな状態だ。

「誰かの知り合い?」

 嬉しい感情と笑みが溢れ出すソフィアを見たあと、ミュラは言った。

「さあな、わたしは知らないぞ」

 クラウディアが答え。

「わたしも知らない」

 続けて、淡々とアスナが言い。

「初対面」

「同じく」

 リアとラキがきっぱりと。

「知り合いではないな」

 セスまではっきり。

「私も知らないわ」

 最終的にティアラまでソフィアのことを知らないと言ってのけた。

 冗談を言っているわけではない空気にソフィアは固まる。

 頭を打って記憶を失ったにしては全員というのはおかしすぎる。

 奥の間から現れた者に全員の視線が向く。二メートルを越えそうな身長と背中に生えた大きな翼。そして頭から突き出た二本の角。顔もまるで悪魔のような禍々しい存在。

「まずはお前らに武器を渡すとしよう」

 ぞっとするほどの低い声。あのときソフィアたちを襲ってきた魔物たちが武器を一人一人に渡す。ソフィアには渡されなかった。

「心配するな。お前はお前自身が武器となる」

 声を出さず静かにして気配を消していたというのに、鋭い目に捉えられたソフィアは心臓を掴まれたような息を漏らす。

「これからする強制契約によって記憶はなくなり凶暴な魔獣となるだろう」

 瞳を揺らしたソフィアに悪魔は口角を上げる。

「安心しろ、数百年か数千年後の話だ」

 近づいてくる悪魔から逃れようとするも足が張り付いているかのように動かない。

「お前の耐性ではそのくらい必要だろうな」

 皆が記憶を無くしているのは悪魔のせいだとソフィアは認識した。

「恨むならその力を恨め。強い繋がりを持った友を恨め」

「いやっ……」

 息すらするのを忘れていたソフィアは口を開く。悪魔は訝しげに眉を顰めた。

「誰も恨まない。この力も恨まない」

 震える声ではっきりと告げるソフィアを悪魔は面白くなさそうに見ている。

「次に目覚めたときに認識できるのは、己が我に仕えるべき存在であるということのみだ」

 悪魔の鋭い爪が伸びた手のひらがソフィアの顔を覆う。

「それまで眠っていろ」

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神域の花嫁 音無音杏 @otonasiotoa

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