弐話 死合

「あ、あの人急に何言って──」


「黙って」


 結愛の口を手で塞ぐ。予感が外れていなければ、これはきっと──。


「おぉ、皆様この手の機会は慣れていらっしゃるようで。映画だと大抵、何を何をと喚き散らす者がいるものですが、はい、それでは感覚的にわかりやすいように場所を変えましょう」


 男は指を鳴らした。途端に象牙多層球がある展示室に繋がっているはずの廊下が男の後ろから切り落とされたように消えた。


「はい、次」


 もう一度男が指を鳴らせば、側にあったはずのショーケースが離れていく。いや、私達が遠ざかっていっているのか。ぐるりと見回せば展示室にいた人たちの距離間隔が開いていく。つまりは、展示室の面積が広がっていっているということ。


「最後です」


 パチン、と指が鳴る。ショーケースが割れて中にいた人形が飛び出した。人形はぐるぐると男の周りをまわり、恨めしそうな目で私達を見ていた。


 準備が整ったのか、男はシルクハットを取ると恭しくお辞儀をした。


「それでは早速始めます。これは次元を超えた殺し合いの舞台。さっきまでいた次元とは異なる次元に展示室は移動しました。まあ、例えて言うならば宇宙空間にふわふわと漂っているような状態です」


 確かに、なんとなく気持ち悪いような浮遊感が感じられる。ずっと立っていれば平衡感覚がおかしくなりそうな。


「ここで行われますは、今申し上げました通り死合です。殺し合い。今風に言うところのデスゲーム、あるいはバトルロワイヤルというものでしょうか。そう、問答無用に理不尽にも皆様方八名に命を懸けて争ってもらいます」


 八人──確かに今、周りを見たときに男を除いて八人の人がここにはいる。ぱっと見の外見だけで言えば、女性が三人に男性が三人、私と結愛の八人だ。


「待ってください」


 そのうちの一人、気の強そうな女性がついに声を上げた。長い黒髪を後ろで団子にまとめている。二十から三十くらいの大人の女性だけど、薄化粧で、ふざけた作者を真っ直ぐ見つめる瞳は、落ち着いていて芯の強さが感じられた。


「どういうことですか? 殺し合いって、何のためにそんなことを──」


 待ってましたとばかりに指を鳴らすと、作者は彼女の言葉を遮る。


「病苦、それが貴女の人形です」


 男の周りを回っていた人形が動き出した。空中を猛スピードで進んでくると、一体が私の前で停止した。ショーケースで目が合った一体だ。おかっぱで切り揃えられ、赤い着物を着せられたよくある日本人形。特徴と言えばやっぱりトロンとした何とも言えない虚ろな表情だ。


 小さな悲鳴が上がる。隣の結愛だった。結愛のところにも一体の人形が送られ、その顔は──形容しがたいほどに歪んでいた。デスマスクを連想させるような苦渋の顔だ。


「はい、皆様方のところへ無事に人形が与えられました。それでは早速第一回戦、時間がないので──」


「待って! こっちはどうしてこんなことをしなきゃいけないかって理由を聞いてるの!」


 気の強い彼女が吠える。男は困ったように首を傾げるが、その瞳は漆黒よりもなお黒い。人形の目のように。


「なるほど、なるほど。まあ、貴女が確かに一番死に敏感かもしれませんね。ならばこう言えばおわかりいただけるでしょうか、これは事故、長い人生の中に不幸にも唐突に訪れた事故なのです。皆様方八名は、事故に遭い生死を彷徨っている状態でございます。たった一人生き残れるのはそのうち一名のみ。そう、天から垂れた細く長い蜘蛛の糸を掴むことができるのは一名のみなのです」


「事故って……あなた一体何を言って──」


 男は指を鳴らした。感情の見えなかった瞳に焔がほとばしる。


「四の五の言ってる暇はねぇんだよ!! 殺し合いったら殺し合いなんだ! こちとら優しく生身の体を使わずにわざわざ人形を使ってやってやってんだ! 文句言わずにとっとと始めな! し・あ・い、しあい、死合なんだよ!!!!」


 人形が私の手を掴む。私だけじゃない全員が一斉に掴まれ、足が床から離れて無理矢理移動させられる。


 必死に掴んでいた結愛の手が引き離される。


「ユズ! ユズっ!! やぁあああああ!!!!!」


 移動した先には、対面する形で彼女がいた。床から壁がせり上がり、私と彼女の周りを覆っていく。男は確かに一回戦と言っていた。


 つまり、四の五の言えずに始まったこの殺し合いの最初の相手が彼女ということだ。

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