味噌編 四章

第61話 ネファーシャル子爵side8

一方、ネファーシャル子爵家では──。



ガノングルフ辺境伯領へと辿り着いたのはいいが、ひどい嵐で前が見えないほどだった。

打ちつける雨の音は大きく吹き荒れる風で馬車がガタガタと揺れている。

馬も足を進めなくなってしまい、御者も「これ以上は無理です」と言って泣きそうになっている。


仕方なくガノングルフ辺境伯領の隣にあるメル侯爵領の街にある宿にたどり着いたはいいが、激しい雨が降り止むことはない。

宿の店主に話を聞いてみるとこの時期、ガノングルフ辺境伯領はひどい嵐でいつ雨が止むかはわからないそうだ。


「少し前までは珍しく晴れが続いていたようなんですけど、それは異例のことでいつも通りに戻ったなって感じですよ」


結局、嵐は鎮まることはなかった。

金もなくガノングルフ辺境伯邸に辿り着くことができないままネファーシャル子爵邸に帰ることになる。

「なんで天気に邪魔されないといけないのよ!」

アデルがお腹が空いた、体が痛いとずっと文句を言っていた。


ずっと馬車に乗っていたことの疲れや苛立ちから馬車の中では口論が絶えなかった。

ネファーシャル子爵家に帰ると見た目は立派だが中身は空っぽの屋敷を見てため息しか出てこない。

そしてこちらでも雨が降り続いている。

領民からは「税を下げろ」「雨で作物が取れない。補助をして助けてくれ」と、頭が痛くなる申し出ばかりが届けられていた。


(助けてもらいたいのはこちらの方だ……!そんなもの自分たちでどうにかしろっ)


薄暗く手入れが行き届いていない屋敷。

誰も出迎えがないことを不思議に思っていたが、テーブルの上に置いてある辞表と手紙。

ついに執事までやめてしまい、ネファーシャル子爵家はどん底だった。

どれだけ腹が減ったとしても料理も出てこない。



「こんな生活、嫌よっ!お父様ぁ……早くどうにかしてぇっ」



アデルか泣き叫んで座り込んだ瞬間に背中のフックが弾け飛んで肌が露わになる。

どうやらドレスが耐えきれなかったようだ。

妻はフラリとソファに倒れ込んだ。

俯くとアデルと同様にはち切れそうなシャツのボタンと今にも肉がはみ出そうになるズボンを見ながら愕然としていた。


(マグリットを取り戻せば体型も元に戻るはずだっ!)


本来ならば魔法の力が開花しないマグリットを魔法研究所へと向かわせなければならなかったことは知っていた。


(だが他の奴らだって同じことをしているではないか!私だけが悪いわけではない。皆、そうしているっ)


今のところマグリットに満足な教育を受けさせることもなく使用人として働かせていたことに対する罰はない。

だからこそアデルをガノングルフ辺境伯に嫁がせて気に入られさえすれば問題ないと思っていた。

ベルファイン国王が弟の辺境伯を溺愛しているのは周知の事実だ。


(こうなったら王家に助けを求めるしかないっ!直接、謝罪して、すぐにでもアデルをガノングルフ辺境伯と結婚させよう。金を調達してマグリットを取り戻さなければっ……!これもネファーシャル子爵家を守るためだっ)


アデルさえガノングルフ辺境伯に愛されれば今までのことなどいくらでも有耶無耶にできるはずだ。

二人に考えを話すと、いい案だと納得してくれたのだ。


(アデルに新しい力が出たから見てほしいという理由で王城に向かおう……!)


手紙で許可を取っている時間なんてない。

ベルファイン国王はアデルの様子を見に魔法研究所によく足を運んでいたそうだ。

その時のように、ベルファイン国王と話ができさえすればすべてがうまくいく。

アデルの美しさには絶対の自信があった。

すぐにアデルと妻を連れて勢いのまま王城へと向かう。


どうやら王家周辺も天気が悪く今にも雨が降りそうだった。


護衛騎士を押し退けて魔法を使いながら研究所に突撃したのだが、そこにいたのは思いがけない人物だった。


(……ま、まさかマグリットか!?)


何度も瞬きをして目を擦る。

ネファーシャル子爵家から追い出したはずのマグリットが何故ここにいるのか、まったく理解できなかった。

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