第28話


* * *



一方、マグリットはシシーの言葉に頷いてスキップしそうな勢いで屋敷の中に入ろうとするが、背後にいるイザックは立ち止まったまま動かない。



「イザックさん……じゃなくてイザック様、行きましょう!」


「……っ!」



イザックはマグリットに手を引かれて足を進める。

屋敷の中に入るとシシーとマイケルが呆然としながら玄関に立っている。



「この屋敷は本当に私たちが知っている屋敷なのでしょうか?」


「イザック様、これは……一体何がっ」


「私たちがいなくなり屋敷はひどい有様だと思ったのですが……」



シシーとマイケルはピカピカになった屋敷を見て目を見張っていた。



「すべてマグリットがやってくれたんだ」


「イザック様も手伝ってくれたではありませんか!」


「……だが、マグリットが」


「わたしだけでは無理でしたから」



すべてをマグリットの手柄にしようとしているイザックの言葉に被せるように言ったマグリットだったが、シシーやマイケルの表情を見て悟る。

王弟にこのようなことをさせたマグリットをイザックは庇おうとしてくれたのではないか、と。

それを自分から暴露してしまい顔が青ざめていく。



「そのっ、これには理由がありまして……!」


「……はい」


「確かにイザック様と料理とかお洗濯やお掃除を一緒にしてしまいましたが、それはイザック様がガノングルフ辺境伯だと知らなくて。なのでわざとではないといいますか……」



指先を合わせてツンツンとつつきながら必死に言い訳を繰り返すマグリットにシシーとマイケルは目を丸くしている。


(打首だけは……っ!)


見兼ねたイザックが小さく震えているマグリットの肩に手を置いた。



「俺がそうしたいと望んでやったんだ。マグリットと共にいるために嘘をついた。だからそんな風にマグリットが怯える必要はない」


「……イザック様」


「堅苦しい言い方はやめてくれ。今まで通りに接してほしい。名前も元のように呼んでほしい」



そう言われても相手は王弟である。

ただの使用人であるマグリットが軽々しく名前を呼んではいけないことだけは確かだ。

しかしイザックの頼みに逆らうのもよくない気がした。



「えっと……なら屋敷では普段通りイザックさんでもいいですか?」


「……」


「表ではイザック様と呼びますからね!」


「ああ、それでいい」



イザックは笑みを浮かべながらマグリットの頭を優しく撫でた。

一カ月前よりもイザックとの距離は縮まっていき、今ではこうしてイザックから頭を撫でられることが増えた。



「イザックさん、子供扱いしないでください!」


「ははっ」



マグリットが唇を尖らせているのを見てイザックは吹き出すようにして笑っている。

マグリットとイザックはいつものように喋っていると、そのやりとりを見ていたシシーとマイケルがこれでもかと口をあんぐり開けている。


マグリットが手際よくお茶の用意をして、イザックが街で買ったクッキーをテーブルに置いた。

そこでハッとしたシシーから声が漏れる。



「坊ちゃん、随分と変わりましたね!」


「シシー、坊ちゃんはやめてくれ」


「あっ、つい……ごめんなさいね」



シシーは口元を押さえて困ったように笑った。

自らを落ち着かせるように紅茶を飲んで息を吐き出したシシーとマイケルはマグリットとイザックを交互に見る。



「イザック様、こちらに送られた侍女たちは職務を投げ出して逃げ帰ったそうではありませんか!」


「仕方ないさ。それにいつものことだろう?」


「何故すぐに知らせてくれなかったのですか!?」


「私たちに安心してゆっくりしていいなどと嘘までついて!シシーは怒っておりますから」


「だがいつまでもこんなところで働かせるわけにはいかない。王都に戻ってゆっくりと過ごして欲しいと思ったんだ」


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