第22話 イザックside3
一週間ほどは一人になった屋敷で備蓄した食料を食べながらやり過ごしていた。
畑に実る野菜を齧ってみたが、とても生で食べられたものではない。
いつもマイケルが取りに行ってくれていた領民とのやりとりをするための資料が置かれている場所を探す。
屋敷から少し離れた場所には資料やカゴいっぱいのパンが置かれていた。
(これは……)
恐らく領民が置いていったものだろうか。
ありがたくパンをもらい食い繋ぐも野菜や保存食も次々となくなっていく。
火の起こし方などイザックが知るはずもない。
たまっていく洗濯物や汚れた食器に目を背けたくなる。
(こんなことならマイケルやシシーに生活の術を教えてもらっておけばよかったな)
領地の仕事ばかりで二人に任せきりだったが、やはり高齢のシシーとマイケルだけでは屋敷を管理するのは大変だったろう。
(……これからどうするか)
温かい食事も声もない屋敷で一人、珈琲をのみながら今後のことを考えていた。
金はあるが買い物を一人でしたこともない。
地位があったとしてもこうして支えられて生きていたのだと改めて実感する。
そして自分が嫌っている魔法で今までこの地位にいれることも。
どのくらいそうしていただろうか。
いつの間にか太陽が昇り、朝になっていた。
扉を叩く音が聞こえてイザックは重い腰を上げる。
小さな影を見てネファーシャル子爵家の令嬢が嫁いでくるのだと思い出す。
しかしその令嬢を世話する侍女たちもイザックを見ただけで逃げ帰っていった。
兄に断りの手紙は入れたはずだが今回ばかりは本気だということだろうか。
今からまた罵倒でもされて令嬢が逃げ帰るのを見送らなければならないと思うと気分が悪い。
それに今、イザックは髪や髭の手入れもしておらず、ひどい有様だろう。
思わずため息が漏れる。
「はじめまして。マグリットと申します」
オレンジブラウンの髪とヘーゼルの瞳に恐怖の色はまったくなかった。
少女は本来嫁いでくるはずのアデルは違う令息と駆け落ちをしたため、自分が身代わりにここにやってきたのだと、あっけらかんと語った。
迎え入れたのはマグリットに興味を持ったからだ。
恐怖するどころか自分に会いたいと繰り返すマグリットの瞳を見れば気のせいかキラキラと輝いている。
(こんな力を喜んで受け入れるやつなどいない……そう言ったとしても皆は逃げていく)
イザックに歩み寄ろうとしてくれた心優しい令嬢もいたが、この力を前にすると顔を引き攣らせて逃げていく。
しかしはマグリットは自分からここにいることを選択したのだ。
イザックがマグリットを受け入れたのは正直なところ生活に困っていたからだ。
だからマグリットを受け入れたのだとそう言い聞かせていた。
しかしマグリットに触れられた手が熱くて仕方ない。
掃除や洗濯、料理が得意だと言ったマグリットは小さな体でよく動いた。
イザックも手伝ってはいたが、それでもマグリットの動きは別格だとわかる。
(マグリットは何者なんだ……?)
買い物に行った際もすぐに人と仲良くなったかと思えば何かを話し込んでいる。
ニコニコと笑っていて周囲を明るくするマグリットをイザックは眺めていた。
領民もイザックの顔を知らないからか普通に話しかけてくる。
恐れられることもなく怯えられることもない。
こんなにも居心地がいいと思ったのは生まれて初めてだった。
はじめて買った屋台の食べ物は美味しくてお腹が空いていたこともあり食べる手は止まらなかった。
屋敷に戻り、洗濯物を取り込むのを手伝った後に夕飯を作ることになった。
マグリットは何の戸惑いもなくイザックに皮剥きを依頼してきた。
(もし、俺がガノングルフ辺境伯だと知ってもマグリットは同じことを頼むだろうか……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます