第15話
「ソーセージに骨はありませんので、そのまま食べて大丈夫ですよ」
「だが食器もナイフもフォークも支給されていない。まさかこのまま先ほどの魚のように食べるのかっ!?」
「はい、その通りです」
マグリットの言葉を確認したイザックは恐る恐るパンを口に運ぶ。
パリッとソーセージが弾けるいい音が聞こえた。
エメラルドグリーンの瞳を大きく見開いたイザックの手は微かに震えているように見える。
次々に口に吸い込まれていくパンに呆然としていると、あっという間にパンがなくなってしまう。
イザックの口の周りにはトマトソースがベッタリとついていた。
放心状態で「うまい……」と言いながら感動しているイザックの子供のような姿にマグリットは笑みを溢して、ポケットからハンカチを取り出した。
そしてイザックの口の周りを拭う。
「……っ!?」
「ふふっ、口の周りにトマトソースがたくさんついていますよ?」
「す、すまない」
するとイザックの顔がトマトソースのように真っ赤になっていく。
それを見てマグリットは首を傾げた。
(イザックさん、恥ずかしいのかしら)
二人で見つめあったまま暫く経って、マグリットはハッとしたように視線を逸らしてソーセージが挟まったパンを手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
(び、びっくりした……!)
マグリットが食べ終わる迄、イザックは嬉しそうに街の様子を黙って見ていた。
イザックと目が合うと彼は「皆、幸せそうだ」と呟いた。
食べ終わってゴミを片付けたマグリットはイザックを連れて食材を買って回る。
見たことのない食材を見つけては調理法を聞いていた。
パンパンになったカゴを持っているとイザックは「俺が持つ」と声を掛けてくれたので、素直に甘えることにした。
そのままどのくらいの時間がたったのだろうか。
イザックは何も言うことなくマグリットの後ろをついてきてくれた。
しかし時が経っていることに気づいてハッとする。
「大変……洗濯物を取り込まないと!これとこれを二つずつください」
「おもしろい嬢ちゃんだな。まいど!」
「また来ます!早く行きましょう」
「ああ」
マグリットはイザックを連れて早足で屋敷へと戻る。
「すいません、ついつい長話してしまいました」
「いや、構わない。勉強になった」
「勉強……?」
「それよりもこんなに買ってどうするのだ?」
「もちろん今日の晩御飯にしますよ!」
「作れるのか?」
「はい!掃除、洗濯、料理となんでも任せてください」
今まで何も得るところなく、ネファーシャル子爵家でタダ働きして、こき使われていたわけではない。
イザックやガノングルフ辺境伯の食の好みを聞きながら屋敷へと到着する。
波の音がザーザーと耳に届き、いつのまにか太陽がオレンジ色に染まっている。
マグリットは台所に食材を置いて洗濯物を取り込む。
イザックが手伝ってくれたおかげであっという間に終わりそうだ。
「太陽の匂いがしますね!」
「……いい匂いだな」
「はい!」
「マグリットと同じ匂いがする」
「ふふっ、ずっと外にいたからかもしれませんね!」
イザックと共にシーツを運んでいく。
手早くベッドメイクをしている間、イザックは「何かすることはあるか?」とマグリットに問いかける。
マグリットはイザックに部屋に案内して欲しいと頼んだ。
広い屋敷の中には人の気配はなく静まり返っている。
イザックの部屋はベッドとテーブルと椅子があるだけで何もない。
ここに洗濯物が積み上がっていたと思うと驚きだ。
シーツを敷き終わると、イザックは真っ白なシーツに触れてから、その場所を見つめている。
わずかに口角が上がっているのを見ると喜んでくれているのではないかと思った。
部屋の片付けや廊下の掃除をしていると、すっかり日が落ちてしまう。
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