第2話
「レンタル彼女、だと……」
自分の声が震えているのが分かった。
いや、声だけじゃない。身体が、全身が震えていた。
それだけ衝撃的だったのだ。レンタル彼女という、俺にとって未知の単語。
目にしただけで、心が惹かれている自分が確かにいる。
「ふふっ、その様子だと、やはり杉原氏は知らなかったようですな。レンタル彼女の存在を……」
「お、お前は知っていたのか、雷〇! じゃなくて加藤!」
「当然ですぞ杉原氏。レンタル彼女など、オタク界隈ではもはや常識。売れっ子ラブコメ作家である杉原氏がご存じなかったのが意外すぎるくらいですなぁ」
ニチャアという音が聞こえてきそうな粘度のこもった喋りで俺を煽ってくる加藤。
さっきまでの殊勝な様子はどこへやらだ。だが、今はそんなことはどうでもいい。
一刻も早く、俺はレンタル彼女のことが知りたい。知りたくて知りたくて、たまらねぇんだよ!
「頼む、教えてくれ加藤! レンタル彼女とは、一体なんなんだ!?」
「ククク、レンタル彼女……それはすなわち、恋人代行を示す名称……つまり、お金という対価を払うことで、見ず知らずの女性から彼氏扱いされ、一定の時間内を恋人として過ごせるサービスのことを言うのですぞ!!!」
「な、なんだってー!?」
ガガーンと、俺は盛大にショックを受けていた。
頭を殴られたような感覚と言えばいいのだろうか。そんな男に、いいや俺にとって、あまりに都合の良すぎるサービスが、この世の中にあったなんて……!
「ふふっ、どうやら随分と衝撃的だったようですな」
「当たり前だ……むしろなんでもっと早く教えてくれなかったんだ! 俺のためにあるようなサービスじゃあないか!」
同時にこんな素晴らしすぎるサービスを今まで教えてくれなかった友人に対する憤りが湧き起こる。
「え? いや、だってほら。拙者はてっきり、杉原氏は音無女子と付き合うものとばかり思ってましたので」
「はぁ? 俺が燐子と? なんでだよ」
いきなり変なことを言ってきた加藤のことを、俺は胡乱な目で見た。
加藤が言う音無女子とは、俺の幼馴染である
背中まで届く長い黒髪と、切れ長の瞳に人形のごとく整った容姿を持つ、うちの高校で一番の美少女。
そんな評判を持つ燐子とは確かに仲が良い方ではあるが、俺にはあいつと付き合う予定は一切ない。
「いや、なんでってその……明らかにめっちゃ付き合いたいオーラが出ているというか」
「別にそこまでではないぞ。確かにあいつは俺の好みに完全に一致するし、ストライクゾーンど真ん中ではあるが、めっちゃ付き合いたいってほどではない」
表情の変化に乏しくて、なにを考えているかもよく分からないところがあるやつだからなぁ。
よく言えばミステリアス。悪く言えば無口でイマイチとっつきづらい。おまけにラブラブ純愛思考であるため、寝取られとは対極の位置にいるやつでもある。
付き合いたいかといえば付き合いたいが、無理に告白して玉砕するのも嫌だ。俺の中で燐子とは、そんな微妙な位置にいる女の子であった。
「え? いやいや杉原氏のほうではなくてですな。むしろ音無女子のほうが明らかにハンターというか肉食獣のギラギラした目で杉原氏を見て……」
「とにかく、今は燐子のことはいい。それより、レンタル彼女のほうだ。レンタル彼女ってことはつまり、いつでも付き合うことが可能なのか!?」
さらにいえば、以前勢いであいつそっくりの呪いのNTR人形を作ってしまった負い目もあるせいで、付き合った時罪悪感が湧きそうなのがネックである。
燐子の話はさっさと流して、レンタル彼女のことをさらに聞き出すことが、今の俺の優先事項であった。
「えと、はい。あと時間がくれば自動的に別れることにもなりますな。あくまでレンタルなので」
「つまりそれって、他の男と恋人になるために別れるってことだよな!? な!? な!?」
「え、あ、まぁはい」
「マジでぇっ!? 考えたやつ、天才かよぉっ!?」
自動的に別れる……なんて素晴らしい響きなんだ。時間が来れば勝手に向こうから振ってくれるなんて、こんな最高なサービス、この世にあっていいのかよ!!??
「じゃ、じゃあさじゃあさ! 別れ際に、罵倒とかもしてくれるかな!? 『貴方のこと、嫌いになったの。貴方よりもっといい男のところにこれから行くから、いますぐ別れて頂戴……このヘタレ野郎』とか、そんなこと言ってくれたりするかなぁ!?」
「え、えと。予約時にオプション次第で色々条件も付けられるそうなので、もしかしたら……」
「ユニバァァァァァァァァァァス!!!!!」
俺は思わず席を立ちあがった。
雄たけびをあげると、そのまま天に向かってガッツポーズ。
「レンタル彼女なら、いつでもどこでも24時間365日、寝取られることが可能ってことじゃん!? 最高かよぉっ!?」
なんという、なんという素晴らしいサービスなのだろう。
気付けば目から熱い涙がこぼれていた。
感動。興奮。歓喜。希望。全ての正の感情が入り交じった、漢の涙だ。
俺は今日この日、レンタル彼女を知るために生まれてきたのだと、心から感じた。
「俺はこの日、
「あの、杉原くん? 恥ずかしいから座ってもらってもいいかな? ここ、教室の中なんだけど」
とめどなく流れ落ちる涙と鼻水に顔面がぐしゃぐしゃになっていると、遠慮がちに家茂名が声をかけてくる。
言われて周りを見ると、クラスメイト達がこちらを遠巻きに眺めていた。
「とうとう頭が変に……」
「日頃から寝取られがどうとか言ってておかしな人だったけど、ついに脳が破壊されて……」
「今なら婚姻届に強引に判を押させれば、杉原くんの財産と印税貰えるんじゃ……」
「ちょっ、やめなさい。アンタ、燐子に殺されるわよ……!」
ちらほらと話し声が聞こえてくるが、そんなことは今の俺にはどうでもよかった。
レンタル彼女を作り、寝取られる。そのことで、俺の脳の容量はいっぱいになっていたのだから。余計な情報を詰め込むほど、俺の脳内SSDは安くない。
「ああ、すまなかったな。
「いや、それは遠慮しておく」
「拙者、処女にしか興味がないので同じく。彼女代行サービスなんてアルバイトに手を出すビ〇チは、こちらから願い下げでござる」
ふっ、照れ屋さんたちめ。
まぁいい。そういうなら、俺ひとりで存分に楽しませてもらうとしますかな! しますかな!? ヒャッホイ!
「よし! じゃあオラ、ちょっと席を離れるぜ! 俺のNTR童貞を捧げる女の子は、じっくりチェックしたいからな!」
「「あ、うん。ごゆっくりー」」
友人たちの熱い声援を背に受けながら、俺は教室を飛び出した。
昼休みの時間は既に半分過ぎていたが、そんなことは些細なことである。
「待っててくれ! 未来の彼女っ! 俺をどうか思う存分、手ひどく思い切り振ってくれっ! そして他の男に寝取られてね! ヒャッハー!」
ルンルン気分のまま廊下を駆け抜け、勢いのまま中庭にも躍り出たのだったが、
ドンッ!
「うわっ!」
「おお」
勢いが良すぎたらしく、思い切り誰かとぶつかった。
だがそこは俺。持ち前の反射神経を活かし、すぐに相手の腕を取る。こけさせないよう足を踏ん張ると、相手もその場にとどまった。よし、セーフ!
「いやあすまんすまん、ちょっとテンションが上がってて……」
ぶつかったのはこっちが悪いので、腕を握ったまま詫びの言葉を口にしようとしたのだが、
「……あれ、学?」
「ありゃ、お前。燐子か」
目の前にいたのは、ついさきほど話題にも挙がった俺の幼馴染、音無燐子だった。
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