第1話
学校の昼休みというのは騒がしい。
教室で弁当を食べていると、意識せずとも周りの声が耳に入る。
「この前彼氏が浮気しててさ。しかも自分の友達の彼女に手を出してたんだよ。どう思う?」
「え、ほんと。いや普通に最低じゃんそいつ」
「だよねだよね! ソッコーで別れてやったけどさぁ。信じられないよね。あんなクズ、もう思い出したくもないわー」
「今日帰りカラオケ行こっ! 嫌なことは忘れるに限るって!」
聞こえてきたのは、クラスの女子が浮気されたという内容。
しかもその彼氏は、自分の友達の彼女に手を出したという。
それはなんて、なんて……。
「なんて羨ましいんだ……!」
思わず箸を握る手に力が入るが、それも致し方ないことだろう。
俺は杉原学。寝取られ大好き人間である。寝取られ話を耳にして、テンションが上がる以外の選択肢がない、ごくごく普通の男子だった。
「なにが羨ましいの?」
「どうせネトラレの話でござるよ。杉原氏は、ネトラレの話題に関しては地獄耳でござるからな。ふひひっ!」
そんな俺に、友人である家茂名と加藤が話しかけてくる。
二人とはクラスでも仲が良く、昼飯はこのメンバーで食べるのがもっぱらの習慣だ。
ちなみに二人にも彼女はいない。いたら俺を置き去りにして、その子と食べるに決まっているからな。
彼女>>>>>>>>>>>>>(越えられない壁)>>>>>>>>>>>>>男の友情
これはどこの世界でも成り立つ、真理の方程式である。
「加藤の言う通りだよ。クラスの女子が浮気されたって話が耳に入ってきてさ。あまりにも羨ましいから、つい口に出してしまったんだ」
「一応聞くけど、羨ましがってるのは浮気した男のほうじゃないんだよね?」
「? 当たり前だろ。俺が羨ましがっているのは、浮気相手の女の子の彼氏くんだ。それ以外に誰を羨む必要がある」
友達に彼女を寝取られた彼が、俺は心底羨ましかった。
友達と一口に言ってもその関係性は多様だ。例えば今の俺たちのように箸をつつき合わせて飯を食うくらいの仲でも友達だし、あるいは二言三言話すだけの仲であっても、友達と呼べる関係は成立する。
俺としては、寝取り相手の彼とは、なんでも話し合える親友であってくれると嬉しい。
寝取られとは親密であればあるほど絶望の度合いが増し、心が痛むことができるというのが俺の持論だ。
友達に彼女を寝取られ、彼はきっと大いに絶望したはずだ。この世を恨み、嘆いたことだろう。そして苦しんだはずだ。最高かよ。
羨ましい。心底羨ましい。羨ましいったら羨ましい。
「なんで俺、寝取られないんだろうなぁ」
はぁっと、ため息と本音がこぼれ出る。
本当に、俺は寝取られたかったのだ。そのためになら、悪魔に魂を差し出したって惜しくない。それだけの覚悟はとっくの昔に出来ているというのに、俺は寝取られたことがない。何故だ。
「そりゃ彼女がいないからでしょ」
「あ、やっぱり?」
「ていうか、それ以外ないでござるよ。頭大丈夫でござるか?」
「失礼なことを言うな加藤。俺の頭は、常に寝取られのことで一杯だぞ」
「あはは。全然大丈夫じゃないし、やっぱり頭おかしいね。いつも通りの杉原くんでなによりだよ」
頭の心配をしてくる加藤に、爽やかなイケメンフェイスで人をけなしてくる家茂名。
いつも通りといえばいつも通りな友人たちの対応に、俺は再度ため息をつく。
「全く。俺はこんなにも真剣に悩んでいるというのに友達甲斐のないやつらだな……」
「それは君が寝取られしか見えていないからだよ。何度も言っているだろ? ケモショタこそが最高なんだ。全人類は、早くそのことに気付くべきなんだよ。女の子との恋愛なんて、ただの邪道さ」
そんな頭のおかしいことを、満面の笑みを浮かべながら家茂名は言ってくる。
言い忘れていたが、こいつは生粋のケモナーだ。しかも女の子ではなく美少年系ショタのケモノをこよなく愛するニッチジャンルの雄である。いろんな意味で救えない系イケメンだ。
「いいんだよ、邪道でも。俺は俺の道を往く。そのために、日夜鍛えているんだからな。俺は寝取られの味方になるって決めてるんだ」
「意味不明乙wwwwww完全に無駄な努力でござるなwwwwwくひひっwwwww」
「殺すぞ加藤。俺は本気だ」
本気と書いてマジと読むくらい本気だ。
殺すと書いて殺と読ませるせっちゃんくらいに本気である。
俺の本気の殺意にビビったのか、加藤はその巨体を震わせると、窺うように上目遣いで俺を見てくる。ハッキリ言って、少しキモイ。
「そ、そう怒らないでくだされよぅ、杉原氏。そんな貴殿に良い情報があったりするのですから」
「いい情報だと?」
舌ったらずに媚びた言い方をしてくるのがあまりにも嫌だったが、俺は思わず食いついた。
寝取られの情報は、いくらあっても困ることがないからな。すぐさま続きを話すよう、俺は加藤に催促する。
「なんだよ。そんなのあるならもっと早く言ってくれ」
「ふひっ。拙者、ツンデレでござるので。高校で初めて友達が出来たから、少し意地悪したくなっちゃったの……迷惑、だったかな?」
僅かに身を縮こませると、再度媚びた上目遣いをしてくる巨体〇ブ。
言い方だけはやりこんでいるギャルゲーヒロインにそっくりなのが凄まじく腹が立つ。控えめに言って許せないし、本音を言うならぶっ殺したい。そんな気持ちになった俺を、一体誰が責められるというのだろうか。
「おい、いい加減にしろ。今度こそ殺すぞ」
俺の殺意も界〇拳から超サ〇ヤ人レベルまで一気に膨れ上がるのだが、さすがに俺の本気と書いてマジモードに突入にしたことに気付いたらしく、加藤は今度こそ真面目に話をし始める。
「す、すみません。僕、ちょっと調子に乗ってました。気を付けますです」
「分かればいいんだよ分かれば……それで、情報ってなんだ」
「は、はい。これです。はい」
加藤は素早くスマホを操作すると、その画面を俺へと向けてくる。
「こ、これは……!」
それを見て、俺は大きく目を見開いた。
そこにはこう書いてあったのだ――――レンタル彼女、募集中! と。
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